家族サービス
結衣香の誕生から3日が経った。
神奈、リノ、フィサリスの面会許可日である。
穂乃香の体力はだいぶ回復したが、精神が完全に安定してるとは言い難い。出産直後の母親は精神を崩しやすい。
その事を伝えた上で3人には穂乃香の休む療養室へと入って貰った。
「穂乃香、おめでとう」
「ありがとう、美鈴」
神奈はよく分かってる。
出産祝いはどうしても赤ん坊に目が行きがちだが、気を遣うべきは母親に対してである。
母性本能と言うか、防衛本能と言うか、守らなければならないという意志が働いている間は不要に触れて良い物では無い。
リノは結衣香を抱きたくてうずうずしているが今日は我慢して貰う。抱く機会はまたあるから。
「その……出産の時ってやっぱり辛かった?」
「死ぬかと思った」
「そっか……」
「でも……結衣香が産まれて、初めて抱いた時……頑張って良かったなぁって思った」
「……! ……そっか」
まあ、初出産って怖いよな……
でも、その死ぬかと思うほどの苦しみを超えた先に、幸せが待っている。
否、幸せにするのだ。これほどの苦しみを耐え抜いたのに、その先で赤ん坊の死、夫婦間の不仲、母親の鬱などがあっては酷であろう。不安要素は全て取り払い、全面サポートしていかねばならない。
「苦しかったけど、子供を抱きながら、氷君と水奈に囲まれて過ごす生活……幸せ」
「…………ブレないね、穂乃香」
「あんな苦しい思いをしたんだ、良い思いしたっていいだろ」
「まるでお兄さんがしたような……! まさか、したんですか!?」
「穂乃香の心により、寄り添う為だ。痛みを分け合う事は出来ないが共有は出来る」
穂乃香の状態が安定した後、俺は追体験で穂乃香の出産の痛みを受けた。
デーモン集団と戦ってボロボロになった時はまた別のタイプの痛みで、鋭くは無いが持続性が長く、内側から破壊される様な痛みであった。
デーモンの時はアドレナリンだばだばで、もうちょっとよく分かんなくなってたからな。
あれはあれでよく生きてたと思う。
夫婦の不仲や母親の鬱は、出産時の苦しみや出産後の心境を理解して貰えない事が原因で起きやすい。
穂乃香が味わった痛みを俺が味わう、それで穂乃香の心に寄り添い、精神が少しでも楽になるのであれば、安いものじゃないか。
だって穂乃香はそれを味わったのだから。穂乃香が耐え抜いたのに、俺が弱音吐く訳にもいかないだろう?
「……そんな事できるのお兄さんぐらいですよ……色んな意味で」
「ふふふ……氷君に愛されてる……幸せ」
まあ、ちょっと甘やかし過ぎたかもしれない。
でも今はそれくらいが良いだろ。
「赤ちゃんの名前は結衣香。リノ、お前の妹だ。お姉ちゃんとして面倒みてやってくれよ?」
「妹……! うん!」
「私は叔母ちゃんって事になるんだよね……叔母ちゃんかぁ……」
水奈はおばちゃんと言う響きに複雑そう。姪っ子、それも俺と穂乃香の子となれば、一番可愛がりそうなのは水奈だけど。
「ねぇご主人様。リノが姉になった場合、私は立ち位置ってどんな感じになるの?」
「……義母でいんじゃねぇの?」
確かにそう考えるとややこしい。
リノは血の繋がってない俺の養子の為、正しくは結衣香の義姉になる。
義姉の義母……って考えるとややこしくなるので、簡単に考えよう。
フィサリスは俺の嫁。つまり結衣香の義母。
「あれ? お兄ちゃん……とすると私は叔母さん? 義母さん?」
そうか……俺が水奈を嫁にすると、叔母兼義母になるのか。ややこしい。
水奈が穂乃香の嫁だったとしても結局義母になるしな。
「間をとってお姉ちゃんで良いんじゃないか?」
「どの間を取ったんですかそれ」
「考えて見ろ神奈。結衣香が5才になった時、水奈もお前も22歳だ。おばちゃんと呼ばれたいか? お姉ちゃんと呼ばれたいか?」
「水奈、私もお姉ちゃんで良いと思う」
相変わらずチョロイな神奈。
「お姉ちゃんかぁ……呼ばれてみたいなぁ」
リノは『みな』としか呼ばないしな。
末っ子の水奈は年下の居なかった反動か、リノや、13才のアイリス、孤児院の子供達をやたら可愛がっているからな。
子供達には『水奈お姉ちゃん』と呼ばれているが、それは近所のお姉さん的意味合いが多いからな。姉妹として姉と呼ばれてみたいのだろう。
「……? 何ですかお兄さん」
「……お前の出産は大変そうだな」
「何処を見ながら言ってるんですか!? セクハラですか!?」
「真面目な話だ。お前の骨盤は人より狭めだ」
神奈の顔が青ざめる。
いかん、怖がらせるつもりは無かった。
「……私の場合、帝王切開する必要がある……って事ですか……?」
「決まった訳じゃ無い。他より確率が少し高いだけだ。そうならない様にサポートアドバイスはしてやる。助産のプロに任せろ、知識と立ち会い経験数は世界一だ」
「…………ほんと無茶苦茶なスキルですよねぇ」
穂乃香の出産を迎えるに当たって、人間族領も全て見回して知識を集めたからな。
人間族領にもやっぱり転生者は居たわ。成り上がりを楽しんでたから声は掛けなかったけど。
「でもアレだな。同時に妊娠するのは最大2人までで頼む。じゃないと俺が過労死する」
出来れば、ラミウムと神奈が同時に妊娠するのは止めて頂きたい。
誰が妊娠したとしても俺は助産師の為、こっちに時間を取らなければならない。
そこに神奈の補助に日坂、ラミウムの補助にロータスが付くと、村の統率運営自体が厳しくなる。
出産直前直後は特に助産師は妊婦に付きっ切りだ。3人も同時は絶対無理。
「俺の不在でも問題ないように、指導者育成とそれぞれの適正にあった役割分担に、もっと力を入れていくべきだな…………とりあえず、穂乃香と神奈は免許皆伝で修行終わりだな」
「「えっ」」
「神奈はこないだ俺から一本とってシュークリームゲットしたし、穂乃香に至っては俺ともうほぼ互角だろ。お前ら2人はもう教わる側じゃ無い、教える側だ」
現に神奈は日坂へ居合術の指導してるしな。
今以上にあいつ強くしてどうすんの? あいつは何になりたいの?
「なんか随分とあっけない終わり方ですね……」
「そんな……氷君と一緒に居れる時間が……」
「一緒に居れる時間はちゃんと作ってやるって」
こんだけ一緒に居るのに、まだ足りないのか。
お前、俺の事大好き過ぎだろ。
「皆伝祝いに穂乃香にはミスリル製のグリーブとガントレット、神奈には試作品の刀を渡そう」
「氷君の手作り!?」「刀ですか!?」
そりゃ俺の手作りだよ。
穂乃香の戦闘スタイルは防御より回避向きだから、あまり重くしない方が良いんだけど、魔蹴術で脚を怪我でもしたら堪ったもんじゃないからな。
腕と脚だけのアンバランス装備だが、穂乃香にはこれが一番適してるんだから仕方ない。
刀は軟鋼と硬鋼を練り合わせて不均質な構造にし、丸鍛えで造ったものだ。
玉鋼を使った心金と皮金の刀も、ロマンがあっていいなぁとは思ったけど、実用性で考えると、砥いでも切れ味が下がらない方が良いだろうと、こちらを採用した。
柄はエイ革で渋めのデザインだが鍔には炎と月の紋がある。
……いや、試作で作った時は俺が使う予定だったからさ?
……次神奈の為に作る時は太陽の紋にするよ……
「いいなぁ……」
「パパ! リノも欲しい!」
「水奈に盾を作ってやるのは良いけど、リノの鞭は少し待ってくれ」
「ほんとっ!?」「ぶー」
水奈も盾術を教わった弟子だしな。
倒す事がメインでは無い為、訓練期間は短かったがした事に変わりは無い。
リノに鞭を渡すのはもう少し大きく成ってからだな。
今使ってる鹿革の牛追い鞭も十分危険な物なんだから。それをリザードマンやドラゴンの革紐で作ったとしら、とんでも無く危険なんだから。
作るのも大変だからしばらくは勘弁して。他の装備なら作ってあげるから。
「ぎゃー! おぎゃー!」
「穂乃香、結衣香が腹減ったって」
「ちょっと待ってね~……」
穂乃香が結衣香に母乳を与える。
それを神奈とリノが見つめている。
「ほんとに穂乃香はお母さんになったんだなぁ……この歳で同い年に子供ができるなんて思いもしなかった……」
「本来なら高校2年生だもんな」
「その高校2年生に子供産ませたのはお兄さんですよ」
そう表現されると悪い事してるように聞こえるな。
でもこの世界だと成人は15歳なので。無罪を主張します。
妊娠が分かった時に、産まれてくる子を愛しつくそうと決めたからな。
きっかけは穂乃香が俺を監禁した事ではあるが、望まれなかった訳じゃ無い。
穂乃香との子供はいずれ欲しかった。それが随分と早く生まれて来てくれたってだけだ。
「ご主人様……私も若いうちに1人は作りたいかなぁ」
「若いうちって……お前まだ23だろ」
「もう23だよご主人様! 20過ぎてから1年が早いんだから!」
そういう俺も19で10代最後なんだよな。
この先時間の流れが早く感じてくんのかなぁ……
「ママ……?」
「大丈夫だよリノ。ママに子供が出来ても、ママはリノのママだからね…………でも、パパとの血の繋がりも欲しいなって、思っちゃうんだよね……」
リノは俺とフィサリスの娘であり、月島家長女に当たる。
つまり俺と穂乃香の娘、結衣香は次女と言う事になる。
フィサリスは戸籍上娘が居るが実子では無い。子供を産めない訳では無いので、血の繋がった実の子供も欲しいと思うのは分かるし、そうなればリノが不安になってしまうのもまた分かる。
俺もフィサリスとの子供は欲しいと思う。だからこそ、リノには不安な気持ちにさせぬよう、もっともっと愛してやらねばならない。
「リノ、おいで」
「パパ」
不安な気持ちになったリノを抱っこしてやる。
最初に抱っこした5才の時に比べて、大きくなったもんだ。
出産直後で安定しきっていない穂乃香、妹という事実が付きまとう水奈、他人のままだと感じてしまうフィサリスに、血の繋がりの無い養子という事に心配するリノ。
それぞれが自分の立ち位置、これからに不安を抱えている。
であれば俺はもっと家族サービスを増やしていかねばなるまい。
「心配すんな、俺はお前達を愛している」
「…………私の居ない時にやってくれませんかね」
「神奈も嫌いじゃないよ」
「なんで同情風なんですか!?」
弟子兼弄り相手として気に入ってるよ。




