3ヶ月目 6
委員長の身柄は公爵家お預かりの方向で話は決まった。
アマリリスから父親にお願いをすれば、問題なく滞在は許されるだろうが、まず屋敷に上げる為には最低限の身なりを整えばならない。
服は星原が追加のミスリルを取りに行く際に、アマリリスが幼い頃に来ていた物を一緒に持ってきた。
そして今は地下空洞に浴槽を作り、フィサリスと一緒に風呂に入って貰っている。
星原が一緒に入ろうと提案したが当然委員長が断固拒否、フィサリスも俺以外には見られたくないとの事だったので、音も聞こえない様に分厚い壁を作って星原からは見えない様にした。
そんな訳で俺は、星原と二人きりという全く嬉しくない状況に置かれている。
「いいなぁ……ズルいなぁ氷河ちゃん。奏ちゃんとあのお姉さんの入浴姿をリアルタイムで見れるんでしょ~? 自分だけズルいよ~」
「うぜぇ。つうか身体だけならてめぇのスキルでコピーできんだろ。いつでも見れるじゃねぇか。現に今のお前の身体、元の『美空 奏』の姿だろ」
「お、分かる? 氷河ちゃんのえっち!」
どっちがだ。
なんで俺みたいに鑑定で正確なサイズが分かる訳でも無いのに、ほぼ精密に一致してんだよ。
お前気持ち悪すぎだろ。ゾッとするわ。
「ところで氷河ちゃん、ずぅっと気になってたんだけど――なんで一人じゃないの?」
「………………」
「氷河ちゃんが行動する時っていつも単独が多いじゃない? もちろん人と一緒にする事もあるけどさ……だとしたら、なんで統也ちゃんや穂乃香ちゃんは居ないのかなぁ?」
「……置いて来たんだよ」
「ふぅーん……まあ、日坂ちゃんは性格的に人を殺せる様なタイプじゃ無いもんね! ――でも、穂乃香ちゃんは違うんじゃない? 彼女の事なら何としても氷河ちゃんについて来るはずだけど?」
「……穂乃香は俺が、主として命令して置いて来たんだよ」
「うんうん、だろうと思ったよ! そうじゃ無きゃ彼女が付いて来ない理由が無い……だから聞いてるんだよ――なんであのお姉さんは連れてきたの?」
………………
「人殺しをする事は決まってたんだろ? 氷河ちゃんはあのお姉さんに人殺しをさせるために連れてきたのかなぁ?」
「……本人が望んだ事だ」
「いや、違う。違うだろ月島氷河。穂乃香ちゃんは望んでも連れて来て貰えなかったのに、どうしてあのお姉さんは望んだら連れて来られるんだよ。氷河ちゃん、あのお姉さんが氷河ちゃんに惚れてる事は知ってるよね? もちろんスキルもあるんだから知ってるよね。本人が望んだぁ? 違うなぁ氷河ちゃん、氷河ちゃんは分かってたでしょ? 氷河ちゃんに惚れたお姉さんが付いて来たがる事ぐらい。最初から決まった選択肢を予定調和の様に選ばせるのは選択じゃ無い。選ばされた強制だ。――誤魔化すなよ」
強制……か。
「分からないフリをするなら教えてあげるよ。君は、あのお姉さんを惚れた弱みに付け込んで、良い様に人殺しの兵器として使ってるんだ。いやぁー酷いねぇ~、その上その思いに氷河ちゃんは応えるつもりが無いと来ている。まさに使い捨てだぁ! これは酷い! あのお姉さん救われないねぇ!」
『よいしょっと……ちょっとアンタ! 知りもしないくせに氷河とフィサリスの事を語らないでくれる!?』
「おや? 君は? 精霊かな?」
『私は氷河のパートナーの、大・精・霊よ!』
「……そうか……そうだな……」
「んー?」
「それで――――だったらなんだってんだ」
『…………氷河……』
「――――――――――いや、別に? うーん……そうか、そうだね。氷河ちゃんにとって、それだけの話でしかなかったね! くふふふふ、ふははははは、あっはっはっはっはっはっは!」
星原は顔に愉悦を浮かべ、笑いながら楽しそうに俺に近づいて来る。
「氷河に近寄らないで!」
「おっと? 大精霊の理想の具現化かな? 穂乃香ちゃんが主体で妹の水奈ちゃんまで入ってるのに……お姉さんは全く感じないね。いやぁ~本当に――可哀想」
「はぁ……3ヶ月……3ヶ月の辛抱か……」
「奏ちゃん、僕と一緒に住む間の期間を辛抱なんて言うの?」
「他に何か言い方があるの? 苦行?」
いやぁ、奏ちゃんて僕に対してのみ毒強いよね。僕何か悪い事したかな?
「ところで奏ちゃん――――助けられて氷河ちゃんに惚れちゃった?」
「な、……な! 何を言って!」
「うわぁ……その反応マジなの? 分からなくないけど、奏ちゃんの立場なら理解しがたいなぁ……だって奏ちゃん――ミスリルの対価に売られたんだよ?」
「………………」
「所謂人身売買だぜ? 奏ちゃんは欲しい物の為に自分を売った男に惚れちゃったの?」
「……明君、私も馬鹿じゃないんだよ? 月島君が本当にミスリルが欲しかっただけなら、そもそも明君と交渉なんてせずに魔法使って盗めば良かったんだよ?」
「じゃあ奏ちゃんは、奏ちゃんを僕に預けるのが目的の交渉だったって言いたい訳?」
「――うん。じゃ無きゃ私を栄養失調と嘘つく必要が見当たらない。ミスリルが欲しかったのも事実だと思うけど、私を紛争地帯から安全な場所に避難させる事も目的だったと思う」
栄養失調って嘘だったの……してやられたなぁ……。
「まあ、明君と一緒じゃ安全なんて呼べないけどね」
「酷いなぁ……僕奏ちゃんを危険な目に合わせたりしないよ?」
「私たちが死んじゃった理由を考えなおしてみれば?」
あの子酷い事するよねぇ~……僕の潰し方が甘かったのが原因かな。
奏ちゃんの手が差し出される前に、徹底的に潰して置くべきだった。不覚だ。
「ところで恋する乙女な奏ちゃん? 君、氷河ちゃんのスキルについてちゃんとした説明聞いてないでしょ」
「別に恋はしてない! ……聞いたよ? 鑑定と千里眼でしょ」
「氷河ちゃんの鑑定はもはや鑑定なんて枠じゃないよ? 相手の全てが分かっちゃう。過去も記憶も今考えてる事や、密かな思いも」
「……え?」
「うん、だからさ。全部筒抜けだったって事。反応がおかしいなっと思ってたけど、やっぱり説明されてなかったんだね。氷河ちゃん酷いなぁ~」
「全部……? 全部……ぜんぶ……ぁあああ~~~!」
(前より大人っぽくなっててちょっと良いなと思ったのとか、フィサリスさん羨ましいなとか……いや、でも違う! これは恋じゃない! だから何も恥ずかしい事は! 恥ずかしい事は……うぅううううう~~~!)
あ~あ。顔赤くしちゃって……
「でも知ってる? 最近起こってる魔族同士の紛争、それを起こさせたのって氷河ちゃんだぜ?」
「――!」
「もっと言えば氷河ちゃん自身、人を殺してるんだぜ? それも千人単位の大量殺人者だ。考えてみれば分かるだろ? なんで人間族の氷河ちゃんが魔人族領に居るのかなんてさ。氷河ちゃんはもう――奏ちゃんの知ってる月島氷河じゃないんだよ」
「…………そうだね。月島君は変わってた。――でも根っこまでは変わってない。相変わらず素直じゃないけど、優しい所は変わってない。彼の行動には必ず意味がある、人を殺すのにもきっと理由がある。月島君は無駄な事はしない主義だから」
「へぇ……じゃあ理由があれば奏ちゃんは人殺しも構わないって言うんだ」
「そうじゃない! ……けど、結果だけで人を判断はしない。行動を起こすにはそこに至るまでの思い、感情が必ずある。私はそれをちゃんと見極めて接したい」
「……相変わらず、綺麗事をペラペラと……どれだけ言い訳したって悪は悪だ。……認めろよ、月島氷河だって僕と同じ悪じゃないか」
「……例え、結果が悪だったとしても、月島君は明君と同じなんかじゃ無いっ!」
分からない……分からないな……
紛争を起こさせて、千人も殺してる。分かりやすいぐらいの悪じゃないか。
なのに……なのに何で、僕だけが嫌われる?
僕はずっと、ずっと、奏ちゃんに近づく悪の種を壊してきたのに。
奏ちゃんに悪い事しようとする奴らは奏ちゃんに受け入れられるのに、どうして奏ちゃんを助けようとする僕は受け入れて貰えないんだろう。
――――――まあ、だからこそ僕は奏ちゃんにとっての唯一なんだろうけど。
「んふ、うふふふ~」
「な、何……?」
「良いよ~? 氷河ちゃんは奏ちゃんのお気に入りみたいだし~? 存在は悪だけど、奏ちゃんに悪意を持ってる訳じゃ無いから――壊さないであげる」
「――! やっぱり酷い事しようとしてたんだ……!」
「まあ、――――あれは放って置いてもその内壊れそうだけど」
「…………どういう事……」
「今でも氷河ちゃんは人殺しには向いてないって事さ。言った通り氷河ちゃんの鑑定は全部見えるんだって、過去だの生い立ちだの……つまりあいつ、目の前で死ぬ人間が、どんな人生を歩んできたかを、正確に理解した上で殺して行くんだぜ?」
「あぁぁ…………そんな……!」
知らなくていい事を知り続ける氷河ちゃんの目に、今世界はどうやって見えてるのかなぁ。
3ヶ月後……本当に彼が目標を達した時、今の濁り具合の比じゃ無いぐらいにその目は暗みを増すんだろう。
「本当に……僕も抱かれたくなっちゃうぐらいだぜ、氷河ちゃん……くくくくく、あはははははははは!」
「――っ!」
さて……やっぱりこの穢れなき白のキャンパスを……僕以外の人間が塗りつぶすのは我慢ならないからなぁ……
「どこまで僕に染まってくれるかな? 奏ちゃん」
「私は貴方には染まらない!」
「くくく、そういうところ大好きだぜ」
「私は貴方のそういう所が大嫌い!」
あー……これから楽しみだなぁ。




