空飛ぶ剣士VS空駆ける剣士
急所は外した。だがサンダーブレードで刺した事もあって、しばらくは動けないだろう。
水奈の治癒回復を使えばそう遅くない内に回復するはずだ。
さて……
「――穂乃香……? なんで穂乃香がお兄さんに刺されてるんですか……?」
水奈と一緒に駆け付けた神奈……
「どうしてですか……穂乃香はあんなにお兄さんに惚れてたのに……」
こいつの文句も聞かなきゃ駄目か。
「答えて下さい……!」
「………………」
「……答えろ! 月島氷河っ!」
「……俺はこれから長期に渡って危険な所に行ってくるんだよ、穂乃香をそこに連れて行くわけにはいかない」
「それでどうして穂乃香を刺す事になるんですか!」
「そうでもしなきゃ穂乃香が止まらないからだろう……現に見てみろ」
水奈に治療を受けてる穂乃香だが……
「ひょう……くん……」
「穂乃香っ! まだ動いちゃダメっ!」
もう動き始めやがった……電撃が弱かったのか……?
ここで穂乃香が復帰して神奈や水奈と組まれると厄介だな……最悪逃げても良いが、穂乃香は追って来るだろう……ここで諦めさせる必要がある。
「――! させないっ!」
俺が穂乃香に近づく前に、神奈が斬りかかって来た。
右手の剣で受け止める。
「……これじゃ完全に俺が悪役だな」
「今、この場でお兄さん以外に、悪い事してる人が居るんですか!?」
「んや、いねぇな。その通りだわ」
その通りだけれども……
「悪いがこればっかりは俺も退けねぇんだわ……退くんなら退け、退かないなら……覚悟持って掛かって来い」
「……私は退きません! どんな理由があろうとも! 穂乃香を傷つけるなんて間違ってる!」
……じゃあ仕方ないな……
「「『グラビディ』」」
俺も神奈も宙へと上がる。訓練と違う点は……俺が容赦なく魔剣術を使う所だ。
「『ウォーターブレード』」「――!」
剣で受けたら不味いと神奈は回避を選んだ。正解だな。
「はぁあっ!」
神奈が攻めに転じ、攻撃して来る。
身体強化込みの神奈は、魔剣術を使わなかった時の俺より攻撃力が高く、速度も速い。
尤も、剣術の腕では俺の方が上の為、真正面からの斬り合いは悪手だ。
神奈もそれを理解して空中駆ける移動方法と速さを活かして、立体的に動き回って攻撃をしてくる。
「――っ! さっきから水奈が取り乱してたのもお兄さんのせいですね! なんで今になって出て行くんですか!? ようやく……ようやく落ち着いて暮らせると思ったのに……!」
…………その平穏の為に、俺は行かなきゃなんねぇんだよ……
「…………落ち着いたからだろ。俺が面倒を見る必要が無くなった……神奈――お前、強くなったな。料理も上手くなった。あの2人を、安心してお前に任せられる」
「――~~っ! なんで……なんで今まで褒めてくれた事なんて無かった癖に……! なんで今になって――」
「――俺これから大量の人を殺しに行くんだよ」
「――え……?」
「だから水奈も穂乃香も連れてはいけない。こっちの事はお前に任せるぞ、弟子」
神奈の頭にポンと手を置いた。それと同時に動きが止まった。
敵対交戦中に褒められて、その直後に殺伐とした事実を告げられた。
脳の処理が追いつけなかったのだろう。まあ、それが目的だったしな。
神奈は動かなくなったまま固まっていたが、その目に降り注ぐ雨とは別の水滴が見て取れた。
「……氷君……人を殺せるなら……良いの……?」
穂乃香……
「だったら……だったら私は――」
「ああ……お前はそう選ぶだろう。だからこれは俺の我が儘だ」
――お前の綺麗な手を、血みどろに汚したくなんかない。
「『我が奴隷に主から命ずる――」
「……やだ……いやだ……!」
「――人を殺すな』……穂乃香」
「あぁ……うぅうう……やだぁぁぁぁぁああああ!」
日付の変わる深夜頃。
雨降る屋敷の庭に妹、幼馴染、後輩の3人が泣いていた。
泣かせた俺は、涙を拭う事も無く、屋敷の門を出て――
「――行くのか?」
腐れ縁に捕まった。
……まだ文句言い足りないのが居たか。




