クーデター6
戦場となったエントランスホールはもはや血の海と化している。
その惨劇を作り上げた元凶は、まるで気にも留めていない。
「……フィサリス、何度言えば分かるのです」
私に声を掛けられた元凶は、不機嫌な顔つきになった。
「…………何? なんか文句あるの?」
「加減を覚えなさいといつも言っているでしょう」
「加減したじゃん。建物を壊さない様に範囲は縮めたし、外れ球も出してない。損害は無い筈だけど?」
確かに大がかりな戦闘があったにしては建物の損害は少ない。
彼女の放った魔法は柱を避けて兵士に着弾し、床や壁にも被弾していない。
その制御コントロールの精密さは宮廷魔術師の名に相応しいと言える。
だが……
「私が話しているのは建物では無く兵士の話です。死亡者こそ居ないものの、半数以上が致命傷、瀕死の状態の者もいます。ここまでする必要がありますか?」
「これだけの大人数いて一人も殺さなったんだから上出来でしょ? いちいち相手の負傷具合まで気遣ってらんないっての」
「日坂様や月島様のスキルによってステータスの上昇している私たちが圧倒的だった。加減をしようと思えば出来た筈です」
「うるさいなぁ……じゃあロータスがやれば良かったじゃん。私は私の仕事をしただけなのに、なんで説教されなきゃいけないの?」
「殲滅と鎮圧の違いです」
「殺してないじゃん」
「この死屍累々とした状況を鎮圧だったと言うのですか?」
「――2人とも……喧嘩はそこまでです」
気分を崩され、塞ぎ込んでいたラミウム様が立ち上がってこちらに声を掛けた。
顔色はまだ優れないご様子。
ラミウム様は王家の姫君、王族たる生活をして来た彼女が、血生臭い戦場を見慣れてなどいる筈が無い。
目の前で人が血を流し倒れて行く姿を見たとなれば、精神的負担が掛かっていてもおかしくない。
「ラミウム様……もう少し休まれた方がよろしいのではありませんか?」
「……気遣い感謝します、ロータス……しかし大丈夫です。此度のクーデターにおける突起戦力のダリアとサーシスを捕縛しました。此処に長居する必要はありません、撤退しましょう」
「――そういう訳にもいかんのよなぁ」
「「「――!?」」」
私達に発した声の主。近衛騎士団でずっと聞いていたのだから、振り返って確かめるまでもない。
「うわぁ……来ちゃったよ騎士団長……」
「久しいな、フィサリスにロータス……しかしラミウム様と一緒に居ると言うのはどういう事だ? 王から聞いていた話と違うようだが……うーむ」
顎鬚をなぞる団長は気は全く抜いていないものの、剣を抜くまでには多少のラグがある。
万全の状態では無いラミウム様を連れてこの方から逃げ切るのは不可能だ。
今、このタイミングしかない。
「フィサリス! ラミウム様を連れて逃げなさい!」
「――させぬと言っている」
一瞬にして剣を抜いた団長がフィサリスに斬りかかる。
フィサリスと団長の間に割って入り、槍で剣を相殺する。
――っ! 重いっ!
「ほう……これを受け止めるか。それに今の動き……しばらく見ない間に強くなったな、ロータス」
「――っフィサリス!」
「サークル――」
「――待って下さい! ロータスが――」
「――テレポート!」
フィサリスの転移が間に合った。これでラミウム様に見苦しい姿を見せずに済む。
後方へ跳躍し距離を取る。団長は剣を抜いたままだが、構えてはいない。
「しまった……これでは王の命を完遂出来なくなってしまう……うーむ、また怒られてしまうな」
「…………国王は貴方に何と命じたのですか……?」
「『反乱分子、及び危険分子を一掃せよ』と仰せになった。蓋を開けてみるとどうだ、反乱分子はダリアとサーシスで、危険分子はフィサリスとお前さんだ。こうも身内ばかり相手となると気が滅入る」
「……ご冗談を。先ほどの一撃、全く迷いが感じられませんでした」
「お前さん達相手となれば俺と言えど、気は抜けん。転移の使えるフィサリスを初手で潰して置きたかったが……してやられたな」
そう言って団長は両手に持つ二本の剣を構えた。
逃がしては貰えそうに無いようだ……
逃げようにも速さで身体強化をした団長には勝てそうにない。
かと言って真正面からぶつかってもあの攻撃力には勝てない。先ほど割って入った際も攻撃をぶつけたのにも拘らず、相殺しきれずダメージを受けた。受けに回ったら最期だと思った方が良い。
残る選択肢は攻撃を全て躱し、隙をついて攻撃をするという手段のみ。だが相手は人間の限界、スキルレベル9の剣術使いだ。簡単に躱せる物では無く、隙など無いに等しい。
……万事休す。私はここまででしょう…………
「ラミウム様……貴女の未来に精一杯の幸がある事を祈ります」
槍の穂先を団長に向ける。
大した時間稼ぎにもならないかもしれないが、ほんの少しでも時間が稼げるなら命尽きるまで戦い続けよう。
……日坂様……月島様、後の事は任せましたよ――
「――アホ抜かすんじゃねぇ。お前にはまだ働いてもらうぜ、ロータス」




