聖剣
「――、―――」
元の世界のままだったら、きっと見れていなかった。
「――、朝―――」
そう考えると、この点にだけ関して言えば転移して来て良かったと思う。
「氷君、おはよう」
毎朝、目が覚めて視界に移る穂乃香の笑顔。綺麗な良い笑顔だ。
1ヶ月見てきたが飽きる事は無い。きっと数年、数十年たったとしても俺はこの笑顔に見飽きることなく、綺麗だと思い続けるんだろう。
穂乃香の頬に手を添え、目と目を合わせる。顔を見るだけで自然と頬が緩んでしまう。
(氷君が熱い眼差しを向けて微笑んでる! これは……これはつまり……! キスして良いって事っ!?)
……キスでも構わないが穂乃香にするべきはこっちかな。
頬に添えていた手を額の前へと移動させる。そして中指を曲げ、親指にくっつけて中指軽くを弾く。
「あうっ!」
でこピンを受けた穂乃香の反応に笑みがこぼれてしまう。
やっぱりこいつはどうしようもないぐらいに愛しく、どうしようもないぐらいにアホだ。
美人は3日で飽きると言うが、穂乃香は残念美人だから死ぬまで飽きそうにないな。
王国内で一つの噂が流れている。それは魔王と王族の取引、売国の噂だ。
王族家は自分達が殺されずに済むように国民の命を売ったと言う。
勇者を召喚し、希望を持たせた上で勇者を全滅させ絶望に叩き込む事、これが条件の一つの様で証拠も見つかっているそうだ。
ダリアさん達はそれを阻止すべく、密かに行動を続けて国王討伐の準備を進め、ついに今日結構に移すとの事だった。
俺もそれに参加の意を示した。当然だ、そんな事が許される筈が無い。
異世界物には召喚した側が悪者のパターンが幾つかあったが、まさか本当にそうだとは思わなかった。
今行方不明となっている王女様もそうだったのか……
だがそれを聞いて俺の中で話が全て繋がった。ずっと気になっていた事だ。
それは20日前に姿を消した月島氷河についてだ。
奴は転移後全く外に出ず引きこもりだった癖に、ダンジョンで俺たちの前に姿を現した時は異常な程の力を持っていた。城で訓練してるみんなに聞いても、俺たちが帰って来くるまでは部屋から出たのを見たことが無いと言っていた。
にも拘らず、鑑定しかスキルの無い奴がどうしてあれほどの力を持っていたのか。
それは奴が魔王と繋がっているからだ。
転移して来てすぐ、奴は頭痛にうなされるかのように頭を抱えていた。きっとあの時に魔王と契約を交わし、チートを授かったんだ。
それならあってすぐのはずの王女と一緒に行動する事になった事にも説明が付く。
魔王の手下となったこそ、魔王と密約を交わしている王族家の王女と連携を取っていたんだ。
だとしたら連れ去られた如月さん、神奈さん、月島さんの3人が危ない!
日坂先輩は敵なんだろうか……もしかしたら奴に騙されてるのかもしれない。
そもそも奴は、どうしてあんなギリギリの状態の時にタイミング良く現れたんだ?
まるでそうなる事が分かっていたかのような……まさかあのトラップを仕掛けたのも奴か?
トラップが多くなると言っても、あのトラップは4層のトラップにしては危険度があまり高い物だった。それにダリアさん達は中に入って来れなかったのに、どうやって外から入って来たんだ?
やっぱり奴が……くそっ! 俺が奴のトラップに引っかかったせいでみんなを危険に巻き込んでしまった上、3人が連れ去られてしまった。
月島氷河……絶対に許さないぞ。
「着いたぞ、ここだ」
俺は今、ダリアさんに連れられて地下室に来ている。
今日の国王討伐戦で戦う為に、勇者の中で唯一レベル20に達した俺に強力な武器をくれるそうだ。
強力な武器と言ったらやっぱり聖剣とかなんだろうか、魔剣でもいいなぁ。
「リコリス、連れてきたぞ」
「ご苦労様です。ダリアは戻って準備に取り掛かって下さい」
部屋の中には狐目の胡散くそうな男がいた。
ダリアさんは俺を残して地下室から出て行ってしまった。
「初めまして勇者様。私、国事や軍事の試案、提案をさせて頂いております、参謀役のリコリスと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「は、はあ、よろしくお願いします」
……やけに腰の低い人だな。
でもなんだろう……この人の目を見てると背筋が凍えそうになる……早く用事を済ませよう。
「あの……強力な武器が貰えると聞いたのですが」
「はい、ご用意しております。こちらへどうぞ」
リコリスさんの誘導する方向ヘ進むと、武骨な装飾のされた物々しい剣が地面に突き刺さっていた。
これは!
「こちらがその強力な武器……選ばれしものにしか抜けない聖剣です」
やっぱりだっ!
「勇者様は聖剣術の使い手とお聞きしています。貴方様にならこの剣が抜くことができると思います」
つまり……この剣が抜けたら真の勇者って事か……!
この剣で国王を倒し、月島氷河を倒し、魔王を倒せば……俺たちは無事に元の世界に帰れるんだ!
この剣があれば……誰にも負けない本物の勇者に……
そうして俺が剣の柄に触れ、剣を引き抜こうと力を入れた。
剣は床から抜けた――!
次の瞬間――謎の黒い靄が俺の全身を包みこんだ。
「何だこれはっ!? ぐっ……! 頭が…………」
ドス黒い感情の渦が俺の中を這いずり回るような……ぐぅぅぅゥゥゥ!
「ふふふふふ……さて、駒は揃いました。……始めるとしましょうか」
意識が遠のく中、あざ笑う声だけが聞こえた。
想像力豊かなキタコレが、呪剣に呑まれていく姿が見えた。
だけどこれについては別にイレギュラーじゃない。想定内だ。
リコリスは智略戦が本領で、戦闘自体はあまりしたがらない。
自己防衛手段として氷魔法と風魔法、逃亡手段として空間魔法を使う。
戦闘力は一般兵よりは強いものの、戦闘専門のダリアやサーシスには劣るし、自身もその辺を理解した上で立ち回っている。
今回俺がリコリスの相手をすると伝えているが、実質な戦闘はキタコレとの戦闘になると昨日の時点で予測は付いていた。
ただ、水奈に事実を伝えると余計な不安を与えるだけなので、リコリスとの戦闘という事にしてある。クラスメイトが呪剣に呑まれたなんて言えないだろう? 知るのは終わった後で良いよ。
でも面倒だな……穂乃香に殺すなと言った手前、俺も殺す訳にはいかないんだけど……自我を失ってる奴って簡単に止まらないし、あの呪剣LUKとINTにマイナス補正が加わるけど、それ以外のステータス全部+250とかいうバグ性能なんだよな……
お前はどこのリバイアサンだよ。
まあ、どうにかするしかないよな。気合い入れて行こう。
「全員準備は良いか? 城に着いたら俺が水奈と神奈を連れて王女のすぐ近くまで転移する、穂乃香は日坂を連れて勇者達の居る食堂に、フィサリスはラミウムとロータスを連れてダリアとサーシスが訪れるエントランスホールに転移してくれ」
「ご主人様~、それって待ち伏せるって事~?」
「ああ、他の狭いとこで戦闘になると、お前が城を破壊しかねないだろ」
「あ~……うん。広い所の方が戦いやすいね!」
「建物の破損は修理費が国税から支払われますので、どうかあまり破損しないようお願いします」
「ラミウム様? どうして私を見ながら言うの? 分かったってば~」
お前が大魔法ぶっ放す常習犯だからだろ。
「フィア、リノを頼んだぞ」
「任せなさい! ……気を付けてね、氷河」
「パパ、ちゃんともどって来る……?」
「……ああ、戻って来る……だから良い子にして待ってるんだぞ?」
「……うん」
寂しがり屋のリノの頭をクシャクシャに撫でてやる。
さて、それじゃあ……
「――行くか」




