役割分担
「ご主人様~どうしたのこんな時間に呼び出して。逢引き?」
「んなわけあるか」
就寝前、フィサリスに話があって外に呼び出した。
外は洞窟の中とは違って風が吹いており、月の光が辺りを照らしていた。
「王子の事が心配なら、戦闘をロータスに任せて護衛についても構わないが……どうする?」
「…………」
王妃の護衛の話をしていた時から、フィサリスの脳裏にチラチラと愛弟子である王子の事が浮かんでいる事は見えていた。
ダリアとサーシスの相手はロータスだけでも不可能では無い。元々ロータスの方が強かったのに1.5倍補正まで掛かってるからな。
「――その必要は無いよ、ご主人様。その辺の兵士に負けるような、軟な鍛え方はしてないから」
「…………そうか」
フィサリスがいいと言うのであれば、明日はこのままでいくか。
「話はそれだけかな?」
「――いや、もう一つ」
……本題はここからだ。
雲が月の光を遮り辺りが暗くなって来た。風も収まり静かになった暗闇の中、俺はゆっくりと言葉を紡いでいく。
「リノ達と過ごす平和な生活と、俺と歩む血みどろな生活……お前はどちらを選ぶ?」
「私はご主人様と共に在る」
「……即答かよ」
地獄でもついて行くの言葉に偽りなしか……救いようがねぇなコイツも。
「そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? ご主人様。ご主人様はいったい何をしようとしてるの~?」
「……戦争を止めに行くんだよ。いや、事前に防ぐと言うべきか」
「ん~……話だけ聞くと血みどろな話に聞こえないけど?」
「魔族との戦争、それを止めるには2つ条件がある。一つは過激派の撲滅だ。魔族にも人間族と同じく戦争に賛成派と反対派、興味ない奴らもいる。賛成派……過激派を消さない限り戦争が起こる可能性は消える事は無い。そしてもう一つが魔王の討伐だ。魔族の象徴が生きてる限り戦争の回避は不可能だ。確実に消す必要がある。だが魔王は行ってすぐ倒せる訳じゃ無い。魔王は日坂と同じ奴隷強化のスキルを持っていて、ステータスが馬鹿みたいな事になってる様だからな。各地の奴隷を倒さない事にはすぐには倒せない…………つまりだ」
俺は目を、視線をフィサリスと合わせる。
「戦争を止めるには過激派、魔王、魔王の奴隷ら全てを殺す必要がある。その数は裕に千は超えるだろう。場所は魔族領、周りは全部敵だらけだ。通貨は違うため使えず、宿も止まれないため全て野宿、食事もモンスターを倒した物や野草のみ、睡眠時間は最低限で人を殺すだけの毎日だ。……それを聞いた上で、もう一度問う。それでもお前は俺に付いて来るか?」
「――ご主人様。私の覚悟、舐めないで貰いたいな」
フィサリスの目は真っ直ぐ俺を見ていた。
「…………本当に救いようがねぇよ、お前」
「1人でもそんな事しようと思えるご主人様も大概だと思うよ?」
……人を殺せないなら強要させるつもりは無い。
勇者の中で人を殺せるのは俺と穂乃香だけだった、でも俺は穂乃香に人を殺す事を望まない。
なら勇者として求められた兵器としての役目は俺が全うし、終わらせるしかないだろう。
日坂には勇者代表として人間領に残って貰い、クラスメイト共の統括、育成、守護、各国や冒険者ギルドとの話し合い対応など、表立った勇者像としての役割をこなして貰う。
日坂が表の清潔な英雄たる仕事をしてる間、俺が裏の汚い兵器たる仕事をするだけの話だ。
出来ない事は出来る人間がやればいい。ただの役割分担だ。
「早ければ明日の夜にでも出発する。心の整理をしておけ」
「明日!? ……また随分と急だね」
「魔族領全域を廻る事になるだろうからな。期間がどれぐらい伸びるか分からない、遅くなって開戦でもされたら意味無いからな。早めに終わらせる」
それに水奈、穂乃香、リノ達をこっちに残して行くからな……一年……いや半年以内にできるなら全て片付けたい所だ。
「話は以上だ。今日が最後の落ち着いた就寝になるかもしれないから、噛みしめて寝た方が良いかもしれないぞ?」
「いや、別に噛みしめはしないけど……後一日か……うん。大事に過ごそうかな」
そうだな……それが良い。
また風が吹き始めて少し肌寒くなった。風で流れたのか、覆っていた雲が消えて月の光が差し込み、フィサリスの銀色の短い髪を照らしていた。
「……じゃあそろそろ戻るね。おやすみ、ご主人様」
「……ああ、おやすみフィサリス」
フィサリスは拠点の自室へと戻って行った。
俺も戻るか。水奈とリノが待ちくたびれてるしな。
ふと見上げた夜空を照らす月の光、今宵の月は三日月の形をしていた。




