『殺さない』
ロータスさんと共に三階のバルコニーへとやって来た。
晩酌のお誘いだったが、恐らく気を遣ってくれたんだと思う。
今日は神奈にも気を遣わせてしまった。なんか色々と申し訳ないな……
グラスにワインを注いでもらう。今回は赤ワインの様だ。飲むのは初めてだな。
コツンと、グラス同士をぶつけた音が鳴った。ふと空を見上げると、雲は一つも出ていないが、新月だったためか月は見当たらず星が照らしていた。
あまり気にしてなかったけど、この世界にも太陽と月はあるんだな。
季節といったものは無いみたいだから、地軸か地球の様に傾いてる訳ではなさそうだけど、体に掛かる重力に違和感を感じなかった事や海がある事から考えて、地球に限りなく近い環境の惑星なんだろうな。
「……今日は災難でしたね」
「……そうですね」
「イエンロードはブルーゼムに比べて治安が悪いです。それを考えると全く遭遇しなかった今までが運が良かったのでしょう」
それはきっと氷河がわざと盗賊の出そうに無い場所を選んでたからだ。
今日はそれが運悪く盗賊達の進行方向と俺たちの進行方向が重なってしまったのだろう。
「…………日坂様は、人を殺せと言われたら殺せますか?」
「………………」
盗賊の殲滅が終わってからずっと考え続けた。
俺に人が殺せるのかどうか。
俺は――
「――必要であれば、殺そう思います」
「………………」
「……でも殺す必要が無いのであれば、殺さずに済ませたいとも思います」
「…………私はそれで良いと思います」
甘いのだろうか……そう思わなくもない。
でもやっぱり殺さずに済むのであれば、殺したくないと思う。
「ただそうであるならば、非情な心を忘れずに持ち続けて下さい」
「非情な心ですか……?」
「はい。殺せないのと殺さないのは別物です。殺さないと言うのは、殺すという選択肢もある状態を指します」
殺す選択肢を持たないのは、殺さないんじゃなくて殺せないって事になるのか……
「では少し想像してみてください。貴方にとって大切な方が後二秒で巨漢の殺人鬼に殺されてしまいます。貴方は一秒で殺人鬼を殺せる状況にあり、殺せば大切な方は殺されずに済みます。殺人鬼を殺しますか?」
殺人鬼の剣が神奈の心臓に向けて振るわれた。だが殺人鬼の剣が神奈に当たるより、俺が殺人鬼の心臓を貫く方が一歩早い。とすれば俺は――
「――殺人鬼を殺します」
「……では同じ条件で、殺人鬼が十歳の少女だったとしても……殺しますか?」
「――!?」
十歳の少女を……殺すのか……? だが殺さないと殺されるのは神奈だ、なら少女の心臓を貫くしかない。……本当にそうか……? 例えば剣を弾き飛ばす……腕を切り落とせば、命までは取らずに済む方法も――
「――殺せなかった様ですね……」
「――! …………」
「巨漢の殺人鬼に対して殺す選択肢を選べた、であれば通常時に殺さない選択肢も選べます。しかし少女の殺人鬼に対しては殺せなかった、とすれば通常時も同じく殺せないでしょう。
同じ敵であっても相手により、殺す殺さないの二択と殺せないの一択で選択肢に違いが出ています。そうすると『二択の相手』だと思って攻撃しかけた相手が、『一択の相手』だと気付いた時、硬直、動揺、迷いが生じてしまうかもしれません。
『殺さない選択肢』を持つのであれば、非情な心を持って『殺す選択肢』も持って置く必要があるのです」
……想像でだったが、貫く直前で迷ってしまった……
もしあれが現実だったら……俺の甘さで神奈が殺されていたかもしれない。
……このままじゃ駄目だ……今の甘いままじゃ、守るべき者も守れやしない――
「――ただ、非情な心を持てず人が殺せなくても、それはそれで良いと私は思います」
「…………え? でも……それじゃあ守れないじゃないですか」
「それは想像での話です。いざという時に殺せないのであれば、そんな状況が起こる前に全て鎮圧出来る程強くなれば良いんです」
……それが出来れば苦労しないと思うんですが……




