感情と数値
夕食を終えて、シャワーを浴び、水奈の部屋へと向かう。
今日はいつもより早めに来た。
まあ、理由なんて一つだ。
「水奈、俺だ」
返事は無い。
だが、扉は開いた。
「お兄ちゃん!」
水奈が俺の胸へと跳び込んできた。
月島 水奈
恐怖度 95
水奈は今、俺の胸の中に居る。
胸の中に居て95だ。
つまり、ついさっきまでは100だったのだ。
とりあえず中に入って扉を閉めよう。
穂乃香や神奈ならまだしも、その他に見られるのは色々と不味い。
幸い近くに人はいなかったので、誰かに見られる事は無かった。
俺は水奈を抱き締めて、落ち着くまで頭を撫でながら待つ。
月島 水奈
恐怖度 85
「ごめんねお兄ちゃん……もう大丈夫。ありがとう」
「俺は別に構わないが……どうしたんだ? 何かあったのか?」
知っている。お前が全然大丈夫じゃ無い事も。その理由も。
でも俺はそれを知らないはずなんだよな。
「美鈴が……怪我したの……前でも怪我する事なんてよくあったのに……今はそれが命に関わると思うと…例え治せるんだとしても…………見たくない……」
水奈も神奈も運動部だ。部活で怪我する事もあるだろう。
でも、部活で怪我するのと、戦いで怪我するのでは全く別だ。
戦いでの怪我は、死に直結する。
今回は軽傷だった。でも次回は重傷かもしれない。
神奈が怪我した。次回は穂乃香かもしれない。
大切な人達を失うんじゃないかと、水奈は恐怖していた。
そんな水奈に対して、ほんのわずかでもその内慣れると思った自分が、
心底嫌になる。
「水奈は優しいな」
本当に……優しすぎる……
「そんな事ないよ……それにお兄ちゃんの方が優しいよ。毎日私を心配して来てくれるんだもん」
お前の兄は、お前の思ってるほど良い奴じゃない。
今、お前を抱き締めてるのだって、恐怖の数値を下げるための作業になりかけてる。
数値に囚われ始めた俺は……あと何回、感情から水奈を抱き締めれるのだろうか。
ただ純粋に、俺の心配までする水奈が、尊くて仕方ない。
「水奈」
「ちょ、ちょっと!? お兄ちゃん!?」
水奈のおでこにキスをする。
そんな事をすれば、水奈の恋愛度が上がってしまうかもしれない。
でも今のは、今のキスは、確かに俺の感情だったんだ。
月島 水奈
恐怖度 55
月島氷河 親愛度 ERROR 恋愛度 60
恋愛度が恐怖度を上回った。
上がる恐怖を他の感情で塗りつぶせれば。
そう考えてしまった時点で、俺の行為はまた一つ、感情による物では無くなって行く。
俺は……どこまで堕ちて行くんだろうな。
「お兄ちゃん……今日も手、握っててくれる……?」
「ああ。もちろんだ」
俺はベットに横になる水奈の手を握る。
これが、感情による物か、水奈の数値の為かは、
俺にはもう分からない。
「……お兄ちゃん……」
水奈が眠った。
俺は繋いだ手を放す。
放したその手に微かなぬくもりと、虚しさを感じる。
立ち止まってる時間は無い。早く行くとしよう。
俺は水奈の部屋から出て、自分の部屋へと向かった。




