強者と弱者
「心配かけて悪かった」
まず謝るべき事を謝った。俺が無茶したが故に心配をかけたんだ。
水奈は俯いたまま顔を上げない。
水奈が気にしているのはもう一つの事だ。
「俺が今回無茶したのはお前のせいじゃない。俺が力を欲し、焦ったせいだ」
「――!」
水奈が顔を上げた。しかしその顔にはまだ戸惑いが見られた。
「焦り……? お兄ちゃんは何をそんなに焦ってるの……?」
力を欲する理由か……
「……俺たち勇者は固有スキルを保持し、レベルが20上がるたびに増えて行く。固有スキルは通常届く事の無いレベル10相当のポテンシャルを秘めているため、勇者は魔王に対抗できる強力な戦力とされている……これは俺ら異世界人が勇者として扱われる理由だ」
強力な戦力。それは間違ってない。
「だが、それは強くなった時の話だ。強くない内は一般人にも劣る。俺らは最底辺なんだ」
「最底辺……? なんで?」
「召喚されてすぐ、俺らはレベル1から始まる。この世界の常識も知らない。金銭も無ければ、身寄りもない。社会的立場も無ければ、この世界の人たちからの信用もない。だから俺らは召喚者に縋るしかなくなるんだ。強者の庇護下に無ければ生きていけない。それが俺たち勇者の始まりだ」
そして俺たちは今、その庇護下から外れている。
「強者の言い成りになりたくなければ自身が強くなければならない。だけどさっきも言ったように転移してすぐの俺らが高い地位についたり、大富豪になったりするのは不可能だ。だからこそ純粋な力が必要だ。理不尽を跳ね返せるほどの力が」
力が無ければただ蹂躙されるだけだ。それは盗賊が相手かもしれないし、国軍が相手かもしれない。
こんな世界に来てしまったからこそ、こいつらの平和の為には力が必要だ。頼れる場所など何処にもないのだから。
俺は一度目を閉じ、また開いて水奈を見た。
「って千里眼で世界を見ながら思ってたらついつい焦っちまった」
「……え?」
「勇者って言っても世間的扱いとしては、孤児やスラム街の人達と変わりないからな。今は戦闘力もそこそこついて、金銭も余裕が出来たから冒険者にランクアップしたけど」
それでもまだ……足りてはいない。
「幸せに暮らすためを思ってたら無茶しようとしてた。心配かけて悪かったな」
「……もう、お兄ちゃんは難しく考えすぎ……でもありがとね」
「ん?」
「お兄ちゃんが真剣に考えて、頑張ってくれてるから今もこうして平和に過ごせてるんだよね。だからありがとう」
水奈がようやく微笑んでくれた。実に天使である。
マグオートの様な絶対的強者を差し向けられでもしたら、従わざるおえない状況になる。
勝てずとも引き分け……交渉が可能なレベルまでには力を付けておきたい。
「…………私のせいとか思ってたのが少し恥ずかしくなってきた……」
水奈が小さな声でぼそぼそと呟いたが……全部聞こえてるよ?
「まあ水奈と穂乃香の為なら無茶の一つや二つ、してみせるだろうけどな」
というかしない訳がない。結局俺が動く理由なんてお前らの為他ならないんだから。
「な! だから無茶はしちゃ駄目だってば!」
「わかったわかった、今後は気を付ける」
「ホントにー?」
疑いの目を向けられる。
気を付けはする。しない訳じゃ無い。
「――仲直りはちゃんと出来たみたいだね」
突如部屋に現れた穂乃香が、女神の様な微笑みを浮かべてそう言った。
「穂乃香!? いつの間に!?」
「今来たばかりだよ。仲直り出来たみたいだし――3人で仲良く一緒に、ね?」
あー……昨日我慢させた時にそんな約束したっけか……
穂乃香が水奈をベットに押し倒す。同時に俺の手を引き、俺を上から覆いかぶさせる。
俺と水奈にサンドイッチされた穂乃香は幸せそう。
でも一番小さい水奈が下だと潰されそうだからせめて逆にしない?




