溺死
酔いには種類がある。
泣き、笑い、怒り、喋る、黙る。
明るくなったり暗くなったりとさまざまだ。
そして穂乃香はというと――
「ひょ~くぅ~ん」
絡み……いや、甘えか? 甘えと言うよりは絡みだな。
甘えてるというより絡んで来る。レアっちゃレアだけども。
「あ~ひょーくんまぁた難しい顔してるぅ~。えい」
頬を引っ張られる。
また?
「むずかしい顔してるように見えるか?」
頬を引っ張られて喋りにくい。
別に酔ってる訳じゃ無いよ!
ようやく放してくれた。
「うん~ひょーくんは転移して来てからずぅっとしてる。ずぅっと悩んでる」
「……分かるか?」
「分かるよ~私ひょーくんの事ずぅっと見てるからねぇ~」
うん。過去を見てもストーカー一歩手前レベルで見てんな。
ちょっと怖いよ。なんで俺の写真だけでニ冊アルバムが出来てるんだよ。もうすぐ三冊目完成だったのかよ。
まあでも部屋一面に貼られてるとかじゃなくて良かったよ。部屋には一枚だもんな。
等身サイズ一枚。それどうやって印刷したの? ポスターなの?
でもって貼るとこ抱き枕なの? 毎日抱いてたの?
色々つっこみたいけど地雷踏むといけないから止めとこう。
「でもひょーくんは話してくれないんだよねぇ~、私にも水奈にもぉ。ひょーくんはそういうとこ男の子だから。だから私はひょーくんが話してくれるまで待つしぃ、ひょーくんが話す必要が無いと判断したなら聞かなぁい。……でぇも、気になりはするんだよ?」
「……お前はほんと、良い女だよな」
「えへへへ~ありがと。私はひょーくんの為にある。ひょーくんの為なら何だってしちゃうんだから~」
何でも……か。
「お前の何でもは、冗談抜きで何でもしそうだから怖いな」
「う~ん? 何でもするよ~? 何だってするよ~? どんな事でも、どんなプレイでも」
「それはお前の願望だろ」
「えへへ。でも本当に希望には答えるよぉ? SМでもお医者さんごっこでもメイドさんごっこでも良いよ~」
「穂乃香、お手」
「わん!」
こやつ……できる……!
「じゃあ穂乃香には放置プレイだな。自重せよー自重せよー自重せよー」
「あぁ~そんなイジワルを言うのはこの口かぁ! そんな口は食べちゃうんだからぁ、んっ」
おい、希望には答えるんじゃなかったのか。
しばらく唾液の交換を行い、穂乃香は満足したのか唇を放した。
「ん~美味しかったぁ」
「味なんてするのか? したとしたらそりゃ酒だろ」
「するよぅ~フルーティーな香りとひょーくんの味。ひょーくんの唾液って割材?」
「んな訳あるか。変態じみた発言は止せ」
ほら、自重せよー自重せよー自重せよー。
また食べられるわ。止めとこう。
「なぁ穂乃香。俺と水奈が海で溺れてて、穂乃香の乗るボートに乗せられるのは1人だけ。さてどちらを助ける?」
「なぁに、またイジワル~?」
「ちょっとした興味心だよ」
「う~ん……私も跳び込む!」
なんと三人揃って心中。
「そして三人で海底で暮らすの~」
「マーメイドになるのか。そうだ穂乃香、明日お前らのレベリング場所は海岸だが、水着着たいか?」
「水着! ……でも明日ひょーくん居ないんだよねぇ?」
「俺はスキルアップ組だからな」
「じゃあいい。海にはひょーくんと行きたい」
「良かった。俺も知らん奴に穂乃香の水着姿見せたくなかったからな」
「えへへ~もう、ひょーくんの欲張りぃ~~」
俺自身も酔いが回っていたからか、穂乃香と甘い甘ーい一時を楽しんだ。
ただ一つだけ、意識的に話を逸らさせた話題。どちらを助けるか。
もし、穂乃香と水奈が溺れていたら俺はどちらを助けるのか。
確実に一人は助からない。でも逆を返せば一人以外は助けられるんだ。
なら簡単じゃないか。
水奈と穂乃香をボートに乗せ、俺が沈む。
一つの犠牲で二つ助かる。
自分が助かる前提じゃなきゃ、ちゃんと二つとも救えるんだ。
穂乃香は何でもする。穂乃香は三人でと言った。
俺はそんな穂乃香が大好きだ。自分でも呆れる程に愛している。
だから――穂乃香は連れて行かない。
俺はこれから沈みに行くんだから――
「ひょーくん? 何考えてるの~?」
「……ん? 未来の事だ」
「未来……私はねぇ、ひょーくんのお嫁さんになる~!」
「……婿に貰うんじゃなかったのか?」
穂乃香の為にも、溺死はしたくないところだ。