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手を離した彼ら 3

 セイコの言葉は目下の者に対しては正しい憤りだった。国王ほか王族のすべてが揃っている場で、彼らを無視して私的な会話を交わすなど、不敬の極みだ。

 だがそれは、目下の者に対してだけだ。自分たちより格が上の者に対しては、不敬に当たるはこちらの方だ。

 セイコを諫めようと口を開きかけたのはリャクスウェルだけでなく国王と王妃、宰相もであったが、声を発する前に謁見の間に響いたのは、半透明の少年の声だった。

「あ? 何であの性悪までいるんだ?」

 性悪という言葉は、セイコには似合わない言葉だと誰もが思っただろう。けれど何故か、リャクスウェルとグライゼン、エッセルトの心にはすとん、と納まってしまった。

「あたしはこの国の魔術師に召喚された、歴とした救世主よ! いつまでもどうでもいいことでベタベタと、国王陛下や王太子様たちに対して失礼だと思わないの!?」

 彼女は精霊に対して知識がないから、こうまで王族の人間を立てる物言いをしてくれているのだ、礼儀を弁えた女性なのだと思おうとしたが、リャクスウェルの感じる違和感は次第に大きくなっていった。

 精霊王が自分たちのしたことに対して不快感を露にし、闇の精霊王が苦悶の表情を浮かべると、ナナエが血相を変えて手を伸ばした。それを見れば、セイコの怒りの様子も気に留める事象には足りえなかった。

 ナナエの纏う魔力が流れ、握った手を伝って闇の精霊王を包みこみ、浸透していく。魔力が見れない者でも、それが噂に聞く精霊との魔力交情だと分からぬ者はいない。それほどまでにナナエが受け入れられていることが、自分たちの愚かな振る舞いを殊更に突きつける。

 魔力の交情を精霊が望むということは、精霊が相手に頭を垂れることと同義である。つまり、闇の精霊王はナナエに忠誠を誓っている、ということで。

 精霊と契約を交わしたとされるのは、過去に語られる英雄王ラングリード、巫女フェレスディオナ、賢人ユーンパーレの三人と、存命中の契約者としては大陸一の傭兵と名高いテズエルのみだ。いずれも一属性ないしは二属性の精霊との契約で、精霊王との契約を果たした者など歴史上に存在しなかった。

 衝撃に頭を殴られるどころではない。

 誰もが声も出せずに、蒼褪めた顔で息を呑む。

 ナナエは、自分たちが偽者として処刑しようとしていた人間は、精霊に愛されているだけでなく、闇の精霊王の契約者でもあったのだ。――人間たちの背に、戦慄が奔る。

 再び、前回よりも強固な風の結界が施された内部で、何らかの遣り取りがあった後、半透明の少年が消え、暫く後にナナエと精霊王たちが手を重ね合わせ、精霊たちも彼らにしがみつき始めた。ナナエの魔力が彼らを囲うように流れるのを見て、魔術師でなくともどんな類の術式であるかを察する。

 立ち去ろうとしているのだ。

 気がついた人間たちが慌てて制止をかけるが、取り合ってくれるはずもない。二歩三歩と国王ですら立ち上がって縋ろうとしている。

「ちょっと! あたしを無視するなんて酷すぎるんじゃない!? お義姉さん!?」

 またも彼女らの行動を制したのはセイコの言葉だった。義理の姉妹と言う割にはやはり親しさを感じない遣り取りの後に、改めて謝罪を口にするのは、リャクスウェルを始めとする邪霊討伐の旅仲間だった。物凄い形相のセイコを気にする人間は、皆無であった。

「待ってくれ! ナナエ! すまなかった!!」

「救世主っ、すみませんでした!」

 ようやっとナナエが体を動かし、背後から近づくフィーズとトナーとネネルラを見遣る。彼らはホッとしたような顔をし、更に振り返ったナナエの顔を見てリャクスウェルも安堵の表情を浮かべる。

 にっこりと笑んだナナエは、やはり愛らしい。

「何のことでしょう?」

 まさか何の要求もせずに許してくれるのかと期待した人間たちは、続く言葉に愕然とした。

「無関係な人たちに謝罪をされる謂れはありません。――私如きに拘うよりも、“本物の救世主様”のお世話をなさった方がよろしいかと思いますが? まだこちらに来て三、四日しか経っていないのであれば、何かと不便でしょうし。関係のない者に謝っても何の意味もありませんよ。ついでに申し上げれば、親しくもないのに下の名前を呼ばないで頂きたいですね。あまり歓迎したいことではありませんから。ああそういえば噂でお聞きしましたが、ご結婚おめでとうございます、王太子殿下。心よりお祝い申し上げます。“本物の救世主様”がいてくだされば、憂うことも少ないでしょうね。では」

 微笑んだまま、何の動揺も見せずに言い切ったナナエは、玉座の方へ軽く頭を下げると、すぐさま術式を起動した。濃密な魔力が彼女たちを包み込み、撓んだ、と思った瞬間にはもうその場から消え失せていた。

 呆気なく。

 一欠けらの躊躇も無く。

 ナナエは、消えてしまったのだった。

 誰の手も、届かない場所へ。


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