手を離した彼ら 1
お久しぶりです。
マイラジノ側から見た話です。
我々は騙されていたのだ、と唸った王太子に、旅の仲間たちは衝撃を受けた。
自分たちが邪霊の根城である島を攻略中、邪気を纏った化け物による攻撃を受け、仲間たちは散り散りに飛ばされた。
お互いの位置は分からなくなったが、それでも邪霊がいる島の中心地の方向は誰もが知っていたので、それぞれが自力で向かおうとしていた。空には常に分厚い雲が広がり、時間の経過は現われる化け物の種類が変わることでしか確かめることが出来なかった。
正確とは言えないが、散り散りになってから恐らく五日は経過しただろう。
彼らが未だ中心地に辿り着けずにいる間に、見慣れた黒い雲が、サアッと晴れていったのだ。
失っていた日の光が降り注ぎ、繁る森の木々の合間を縫って、大地に届く。
救世主がやったのだ、と全員が感じた。長い年月、誰にもどうにも出来なかった邪霊を、救世主である少女・ナナエが打ち倒してくれたのだ、と。
仲間との再会目指してそれぞれが走り始めた時、一番最初に召喚を受けたのは王太子リャクスウェルだった。
真名を使った召還術は世界の魔力が使用されるので、喚び出した魔術師たちに負担は少ない。王宮で働く者には予め真名の開示義務と血液の提供義務があり、精霊殿に仕える霊士の長が管理を任されている。王族も例外ではなく、生まれた時から真名と血液情報を霊士長に預かってもらっているのだ。
リャクスウェルの帰還後、半日ほどして他の仲間たちも召還術によって帰還を果たしたが、与えられた情報に困惑していたリャクスウェルは、すぐに説明してやることが出来なかった。
旅ではあまりありつけなかった豪勢な食事に久しぶりに舌鼓を打ち、全員が人心地ついた頃合を見計らって、リャクスウェルは仲間たちに事情を説明した。
曰く、邪霊は本物の救世主が現われたことによって、即座に消滅したのだ、と。
最初は怪訝な面持ちだった五人は、リャクスウェルが本物の救世主である少女を紹介すると、すぐさま平伏した。
本物の救世主はセイコ。ヒザキセイコだと名乗った。
皆可愛らしく微笑むセイコに見惚れ、“本物”の魅力にすっかり参っていた。
セイコは一人ひとりと握手をし、辛い旅を労ってくれた。
エッセルトがふと「ではナナエは一体」と疑問を落とすと、セイコは辛そうに眉を顰めた。
「彼女は、あたしの義理の姉だと思うんですが……あちらにいた頃から邪気を好む人だったんです。多分、邪霊と繋がりを持っているはずです」
「どうやらオンジャクルによると、五日前に王宮に化け物の侵入があったようなんだが、陛下の安全の為に“ヒザキナナエ”で召喚をかけた時に召喚されたのがセイコらしい。ナナエは真名を謀っていたんだ」
「それでは、まさか……っ」
ネネルラの悲鳴のような声に、リャクスウェルが重々しく頷いた。
先まで共に戦っていた、ヒザキナナエは邪霊の手下。偽りの救世主であったのだと。
呆然としていた彼らは、次第に怒りを露わにしていった。
「私たちを騙していたなんて……!」
「許せん。ナナエを捕らえなければ!」
こうして、かつて仲間であった彼らは、自分たちを欺いていた娘を捕縛することを決定した。成り行きを見つめるセイコが楽しげに笑んでいたことには、全く気づかずに。
それから二日後、リャクスウェルとセイコが結婚することに決まった。既に肉体関係も結んでしまっており、王宮のそこここで仲睦まじい様を見せ付けるほどであった。城下にも触れが出され、半年後には婚儀を挙げることが庶民にも多く知れ渡った。
翌日の夜、度々王宮の第一騎士隊の執務室で裏切り者を捕らえる算段をつけていたグライゼンたちは、のこのことやってきたナナエを召し捕ることに成功したのだった。
ナナエはわけが分からないといった風情で、連行されながらも必死にグライゼンやフィーズ、エッセルトにトナー、ネネルラに話しかけ、説明してくれと懇願した。
どうしてこんなことをするのか。私が何をしたのか。あの噂は何なのか。
彼らはすべてを無視した。口を開くより、痛めつけてやりたいほどに憎らしかった。
謁見の間に連れて行くと、衛兵が拘束役を代わり、邪霊討伐隊の面々はその場に立ち止まって事態の行く末を見守ることにした。
近くにいたら手が出てしまう。
自分たちの中で激しく渦巻く憤怒の情に、王族の前で呑まれてしまうわけにはいかなかった。
宰相が罪状を述べ上げ、オンジャクルが補足に入る。
交差した槍に首を押さえられていたナナエが、上げていた首を下げ、俯いた。
すべてが明るみに出たのだ、と誰もが憎憎しげな視線を送る中、唐突に響いたのは、切羽詰ったように叫ぶ、どこか幼い声だった。
続きます。