大富豪
「パンケーキがないなら、ホットケーキを食べればいいのよ!! ということで大富豪やろうっ、パイくん!」
彼女は今しがたパンケーキであり、ホットケーキである焼き菓子をごくりと飲み下すと唐突に言い出した。
「いやぁさ、うん、大富豪をやるのはいいんだけど、君。パンケーキもホットケーキも一緒でしょ、それ」
「えーっ……」
なんかドン引きされた。僕は何か変なことを言っただろうか。いや、言っていない。至極まっとうなことを言ったはずだ。引かれる筋合いがない。
しかし、引かれたからには訊いてみようと思う。
「今食べたのは?」
「ホットケーキでしょ、もちろん。パンケーキがないからホットケーキ食べたんだもん」
「うん、まあ、それはよしとしようか。じゃあ……どら焼きに使われるのは?」
「え?」
彼女は眉根を寄せて僕を憐れんだ目で見つめてくる。この人何言ってんのの顔だ。見つめてくれるのは嬉しいのだが、どうせ見つめてくれるならもっといい顔をしてほしい。
だから、僕は彼女の顔がいいものになるのを願ってじっとその目を見つめ返す。
「……」
「……」
「……」
「……」
「っぷ……負けたぁ~! だひゃひゃひゃっ!」
どうやら僕と彼女はにらめっこをしていたらしい。にしても、僕は真顔で見つめていたのに。笑うなんてひどいな、まったく。でも、笑った顔が見られたから許そうと思う。
「で、どら焼きのヤツはどっちなの?」
「パイくん、本気で言ってんの?」
彼女は窺うように顔を近づけてきた。さっきまで食べていたホットケーキについていたシロップの甘い匂いがする。
「食べちゃいたい」
「!?……本気で、言ってんの……?」
僕が思わず口にした言葉に彼女は頬を染めて顔を引いた。
「冗談」
「ぅえっ! パイく~ん!」
「嘘」
「え! やだもぅ、パイくんったらっ」
彼女の表情はコロコロと変わる。見ていて飽きない。
「で、どら焼き」
「あ、どら焼きね、どら焼き。あれは皮だよ」
「皮?」
皮ときた。あれはどうやら皮らしい。
「ちなみに、カステラについてるのは紙だから食べちゃダメだよ?」
「それは知ってる」
「じゃ、じゃ、パイくんのパイはパイ生地のパイだって知ってる?」
「うん、初耳だよ。そうだったんだ。……僕はパイって名前じゃないけどね」
また新しいパイを増やされてしまった。
「またまたぁ」
彼女がにやにやとしながら言う。なんか腹立つ。
「いや、だから僕には――」
「ま、どれでもいいか。πくんは牌くんでパイくんだしね。どれも正解ってことで」
どれも不正解だ。というか、前もこんなくだりをやった覚えがあるな。しかし、確か牌はやめると言っていたのにためらうことなくするっと使っている。
「君ね。そろそろ怒るよ?」
「怒るの?」
首を傾げる彼女はかわいい。いちいちかわいい。
だが、今日はそれで許すわけにはいかない。
「怒るよ」
「おこるぅのぉ~っ!?」
「見得を切ったって怒るよ」
「またまたぁ!」
「怒るよ」
「でも、でも、この前の牌くんの時は、許してくれたじゃん!! パイくんのばかぁあ!」
「逆ギレ?」
「逆おこだよ! 丸んぷんぷこお!!」
よくもまあ、噛まずに言えたものだ。ぷこおの部分がかわいかった。もうこれは許すしかないな。
「許すよ。許す。かわいさに免じてね」
「ぷこぉ……」
照れながらすぼんでいくぷこぉは胸を締め付けるほどかわいかった。
「さ、大富豪やろ」
「うん! 負けないからね、パイくん」
「僕だって」
彼女は元気に戻ってトランプケースを持ってきた。僕がそれを開けてトランプを取り出す。
ジョーカーだ。二枚目も三枚目も最後の一枚までジョーカーだ。
「これは、あれだね。ババだけしかできないね」
「だひゃひゃひゃ~! 持ってくるトランプ間違えちゃったよぉ。この際それで遊ぼっ」
「ババだけ? 配り終えたら勝敗が決まっちゃうじゃないか」
「違うよ。ババだけポーカーですっ!」
胸を張って堂々とした宣言。ババだけのポーカー、それにしたって。
「それは勝負がつくの?」
全部ババなら二人とも最強のファイブカードだ。ジョーカーも切り札じゃなくなるな、それじゃ。
「もち!」
どうやら勝敗のつけ方があるようだ。
「ポーカーフェイスを崩した方が負け!」
「うん、それは……にらめっこだね」
「そうともいう、かも」
かくして、僕と彼女のにらめっこが始まったのだった。
「だひゃひゃひゃぁ~!」
僕の全戦全勝なのはあくまでも彼女が笑いやすいからだ。決して、僕の真顔が面白いわけじゃない、はず。