愛する君へ可憐な花を
少年は、一人の少女に恋をした。まるで花のように可憐な笑みを浮かべる少女だった。
少年は毎日少女に花を贈った。少女に似合う小さく可憐な花を。しかし、少女は一度として受け取りはしなかった。いつも困ったように微笑み、首を振るのだ。
やがて二人は大人になった。男は女に恋をし続け、女もまた、一人の男に恋をした。男は女に花を贈ることをやめた。結局一度も受け取って貰えぬまま、女は結婚してしまったからだ。
それでもなお男は女を愛し続け、男は生涯独り身でいた。女の幸福を祈り、毎日贈っていた花は女の代わりに欲しがる人々へ金と交換する日々。
街で時々女を見かけては彼女に恋い焦がれ、既に叶わぬものとなった想いに苦笑を浮かべる。
そうして、気が付けば男はすっかり老いていた。女への愛は胸に秘めたまま相も変わらず花売りを続け、何不自由なく暮らしていた。
今となっては男が売る可憐な花に惹かれ、毎日の様に買いにくる少女がいる。いつかの女とどこか似て、まるで花のように可憐な笑みを浮かべる少女だった。
女は少し前に夫を亡くし、娘や孫達と慎ましい暮らしを送っていた。思い出すのは毎日花を贈ってくれた、あの少年のこと。
一輪の小さく可憐な花を此方に向け、照れているのか頬を赤く染めてそっぽを向いている。時が経つにつれて、少年は男らしくなり、赤く染まった頬はそのままに此方の目を見て花を渡してくるようになった。
一輪だった花は彼の想いの表れか、何時しか花束のようになっていた。しかし時が経ってもその花は少年がどこかで摘んできたもの。生涯自分が受け取ることはなかったものの、彼は一度として店で買った花を贈ることはなかった。
今、街では一人の花屋が有名になっている。老人が毎日開いているらしいのだが、その花屋にはなぜか小さな花しか売っていないのだという。しかしどこの花屋で売っている花よりも可憐で、思わず買ってしまうのだとか。
いつか孫と行ってみようかしら、などと思いつつ、老女はまたかつての少年に思いを馳せた。
女は今、男が贈った花に囲まれて優しく微笑んでいた。しばらく見ないうちにすっかり老いていたが、男には一目で自分が愛している女なのだと気がついた。やはり彼女には、小さく可憐な花がよく似合う。
男の傍らには毎日のように花を買いにきてくれるあの少女が立っていた。今日も男が摘んできた花を胸に抱え、女の顔をじっと見上げている。
男は花に囲まれた女の前に跪き、頭を垂れていた。男もまた、自ら摘んできた花を抱えている。それは女のために特別に摘んできた花だった。
辺りには、男の慟哭が耐えることなく何時までも響いていた。