レスキューとは
「……よくやった」
上官エザイアルがアンドラーシュへかけた言葉を、救出された兄天使が、横柄に遮る。
「なにが、よくやった、だ。ぼくを危険にさらしておいて。信じられない、あんなに愚図愚図するなんて。ぼくはエリートなんだぞ、それなのに、よくも」
「それを言うならおまえの妹も、エリートだったはずだ」
アンドラーシュは抱えていた兄天使の身体を、救出した際と同様、乱暴に放り出す。
ああっ、と悲鳴が上がる。
放り出された兄天使と、慌てて受け止めたガーディアンの口から漏れた悲鳴。
「な、なにをする!」
アンドラーシュの狼藉を咎めたのは、兄天使を受け止めたガーディアン。
兄天使は意外にもガーディアンを窘め、その腕から降りて、肩をそびやかし、みずから皮肉で応酬。
「ふん、言いえて妙だね、そうとも、あいつもエリートだった、けど今は、汚れた堕天使さ」
「……貴様……ッ!」
それでも双子の兄なのか、と詰め寄るアンドラーシュを上官が制する。
兄天使はガーディアンの背に回り、ガーディアンは兄天使を庇ってアンドラーシュの前に立ち塞がる。
「……知らないよ、あんな奴」
ガーディアンの背に隠れて、兄天使は声を震わせる。
「ぼくと一緒に戻ることを望まなかった。あそこに留まることを選んだ。ぼくより、天界より、魔界を選んだ、あいつなんか、もう、知らない」
兄天使は頬から涙を振り払い、顔をあげて踵を返す。
「帰るよ。レッスンしなきゃ。あいつが欠けた分も、これからはぼくが一人でやらなきゃいけないんだもの」
兄天使はもう、後ろを振り返らなかった。
「……だれかと、組めばいい」
アンドラーシュは小声で、吐き捨てた。
兄天使の耳に、届いているとは思わなかった。
「組まないよ、だれとも」
振り返りもせず、そう返事をよこしたのには、驚いた。
上官が、止める間もあらばこそ。
アンドラーシュは身を翻し、再び、魔界へと。
まだ、間に合うかもしれない。
もう一度、手を差し伸べてみよう、彼女へと。
しかし、遅かった。
アンドラーシュの予見どおり。
妹天使は食い尽くされるのを待たずして、魔物へと。
他の魔物と同じく、あさましく叫んでいた。
おまえの涙をよこせ。涙が枯れたら。
その血をよこせ。その肉を。
牙を剥いて襲い掛かってきた妹天使のなれの果てを。
アンドラーシュは大剣で、薙ぎ払った。
「ごめんね、ありがとう」
一瞬、妹天使はもとの姿に戻り、もう残っていたはずのない、透明な涙をひとしずくこぼして、消滅した。
アンドラーシュは気力を失い、命綱にも等しい大剣を取り落としかけた。
魔界で大剣がその手を離れれば、レスキューといえども、堕落の危機。
「アンドラーシュ!」
上官の声が、間近で響く。
反射的に、アンドラーシュの手に力が入る。
もう魔界降臨をとうに引退したはずの上官エザイアルが、目の前に。
「この手をとれ、救われたいと願え、でなければおまえを救えない」
首を横に振りかけたアンドラーシュは、しかし、上官の次の言葉で我を取り戻す。
「わたしに、おまえと同じ想いをさせるつもりか!」
アンドラーシュは上官へと手を差し伸べ、上官エザイアルはその手をしっかりと掴んで、上昇。
天界の門は、かくも、狭い。