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孤独を望む人間はどれくらいいるだろうか。

 孤独を望み、それを実行する人間はどれくらいいるだろうか。

 その答えは誰にも分からない。分からないが、それで誰も悲観はしない。

 孤独じゃないからだ。

 本当の孤独を、知らないからだ。

「・・・・・・」

 ベッドと布団の隙間から顔を出しながら、僕はいつも考えている問題にいつもの結論を出した。



 真夏の太陽ギラめく外の世界。もちろん、僕のいる部屋もその影響は受けるわけで、チラリと見た時計に付属された温度計は、天気予報なら猛暑日と言われるであろう気温を表示していた。

 クーラーでも動かせば良いじゃないか―――なんて、僕の体が悲鳴にも似た提案をしてくるが、僕は首を横に振ってそれを拒否した。

実際に振ったわけじゃないが。

「お昼か・・・・・・」

 さっき外から小さく『声』が聞こえたから、たぶん母さんがいつもの場所にお昼ご飯を置いてくれたんだろう。

僕はボサボサに寝癖のついた髪を掻きながら、ほとんど使った事の無い勉強机の上に置かれた朝ご飯のお盆を手に取り、2階の部屋から1階へと降りていく。

「よっ、と」

 素早くドアを開け、外に置かれたお昼ご飯と朝ご飯のお盆を入れ替える。外気の侵入を許さない、見事な手捌き。

 どうせクーラーなんてつけていないから、意味が無いと言えば意味が無い行動ではある。しかし気分的に、外の空気はあまり家の中に入れたくないのだ。

 空気に混じって、虫なんかの『声』が聞こえてきそうだから。



「・・・・・・はぁ~」

 先天性過剰聴力。

 僕が勝手に付けた名前ではあるが、要するに僕は、耳が聞こえ過ぎるのだ。

 聞こえすぎるとは言っても、それはただ音が大きく聞こえるというものではなく、本来聞こえるはずの無い声が聞こえてしまうものだ。

 例えば、他人の心の声。

 例えば、動物の声。

 そういう、本来の聴力で認識するしないの次元を超えた音が――――声が、僕には聞こえる。

 初めてこの能力に気づいたのは幼稚園児の頃、公園で1人、砂遊びをしている時だった。砂場を歩く1匹のアリが、僕に話しかけてきたのだ。

「気をつけてくれよ、踏み潰されたらたまったものじゃない」と、確かにそう言ったのだ。

 母さんにその事を話してみても、最初はただの子供の妄想だと言ってまともに相手をしてくれなかった。

 けど、僕が小学生になって人の心の『声』を聞けるようになってから、母さんも父さんも僕の能力が本物だと認識した。

 成長するにつれて聞こえる『声』が多くなり、両親は僕を1人でこの家に住まわせることにした。まだ中学生だった僕には、中々酷な離別。

 もちろん、さっきのように母さんが朝昼晩の食事を持ってきてくれたり、手紙で近況報告をしたりしてはいるから、完全な離別ではない。しかし最近はもう、両親の本物の声を思い出せなくなった。心の声は全部同じような無機質な声になる。だから誰が誰なのかの判別は出来ない。母さんや父さんの口調は覚えているから、それでなんとなく判別は出来ているものの、両親くらい近い人の『声』でなくては、みんな同じ『声』となってしまう。



「お風呂・・・・・・入るかぁ」

 お風呂は僕の天敵だ。あとトイレも。

 この家に住んでからすぐの事、最初の頃は取り付けられていたクーラーから、『声』が聞こえてきた。

 文章として成立していない『声』が。 

 僕の推論では、おそらく機械の電気信号か何かが『声』に変換されているんだろうけど、そんな簡単に済ませて良い話ではなかった。

 生き物以外の声も聞こえる。

 これを受けて僕は、家の中にお風呂とトイレ以外の機械を置かなくなった。大量の機械と一緒に生活をしていたら、外国人と一緒にルームシェアをしているようなものだ。

 いや、ジェスチャーすら伝わらない分、こちらの方がもっと質が悪いか。

 言葉として認識されない『声』を聞きながら、僕はサッサとお風呂を済ませた。ついでにトイレとも戦う。

 部屋に戻り、ゆっくりとお昼ご飯を食べたところで、アイツがやってきた。

「おーおー、今日もまた湿気た面してやがるなぁヒロト」

「・・・・・・うるさい」

窓の外の細い柵の上に立つ、小さなスズメ。

住宅街では中々お目にかかれないこの1匹の鳥―――名前はハチというらしい―――が、最近の僕の話し相手だ。



 この家に住み始めてから4年が経った頃、僕の17歳の誕生日に、ハチは窓の外に現れた。

 最初はただ僕のことを見ているだけで、何も話しかけてきたりなんてしなかったのに、ふとした瞬間から突然、ヤクザみたいな口調で話し出したのだ。

 ちなみに、ハチの第1声は「お前見ててもつまんねぇな」である。

つまらないなら見なければいいじゃないか。人のプライベートを覗くなよ。

いや、僕がカーテンを閉めてしまえば良かっただけの話なのかもしれないけれど。

嬉しかったんだ。

 4年ぶりの話し相手が見つかって、嬉しかった。それは否定しない。

「ん~?もう昼飯は食ったのかよ」

「食べたよ。ハチの分は無いからな」

「っかぁ~、ありえねぇ!ヒロト、お前いつもは俺に飯を恵んでくれる良い奴じゃねぇかよ。それがどうしてこうなった?」

「恵んでないよ。ハチが欲しい欲しいってうるさいから、仕方なくあげてるんじゃないか」

 いつも唐揚げばっかり食べるスズメって何なんだよ。おかげで僕の体力は下がっていく一方だ。

 ハチはチョンチョンと2回ジャンプしてから、

「じゃあ今から作ってくれ。いや作れ。朝から何も食べてなくて死にそうなんだよ」

「スズメなら自分で餌を取れよ。そこら辺に虫とかいるだろ?」

「ふざけんな」

 今日は日差しも強いから、干乾びたミミズでも落ちてるんじゃないだろうか。

・・・・・・気持ち悪い。

「飯が無ぇならしょうがねぇ・・・・・・。夕飯時にまた来るかぁ~」

 ハチは溜め息(に見えるような仕草)を吐いてから、僕に背を向けて飛び去ろうとする。

 飛び去ろうと・・・・・・。

 飛び去・・・・・・。

「いや引き止めろよ!」

「・・・・・・えぇ~」

 こっちをクワッと振り向きながらのツッコミだった。

 スズメらしからぬ芸当。―――あぁ、それはいつもの事か。

 僕はハチと同じように溜め息を吐いた。

「僕、寝たいんだけど」

「ずっと寝てたって面白い事なんか何も無ぇぞ?たまには外で遊べ、パーッと」

「だからいつも言ってるじゃないか。僕は外には出れないの」

 外に出たらどれだけの『声』が聞こえてくるのか、考えただけでも恐ろしい。

 僕は一生引きこもり生活の確定している人間なんだ。ゲームとかはしないし出来ないけど、引きこもりは引きこもり。引きこもり神と言っても良い。

「出れないんじゃなくて、出ねぇんだろ?お前が外に出ないのは、お前に勇気が無ぇだけだ。自分の能力を受け入れる勇気がな」

 ハチが僕を見下したように言う。けどそんな言葉は何ら僕の心には響かない。

 僕と同じ立場になっていない人間―――じゃなくて鳥に言われても、僕が悪いなんて思いやしない。

「外に出るも出ないも僕の勝手だろ。ハチだって、他人に言われようが絶対に変えないものくらいあるんじゃないの?」

 僕の言葉に、ハチは首を傾ける。

「俺の場合、他人の四の五の言わせたりしねぇからなぁ・・・・・・、そういうのは分からねぇ。俺の信念を捻じ曲げようなんて輩は、この鍛えぬいた右足で蹴り飛ばしてやるよ」

 左足とまったく太さの変わらない、簡単に折れてしまいそうな右足の、一体どこら辺が鍛えてあるのだろうか。

「耳栓とかすりゃあ良いんじゃねぇのか?その・・・・・・、先天性課長聴力っつーのは」

「先天性過剰聴力、ね。―――実際の耳は関係無いんだよ。説明しにくいけど・・・・・・ほら、心の中に直接響いてくる音っていうの?そんな感じでさ、耳を塞いだって何したって、聞こえるものは聞こえるんだ」

「そんなもんなのかねぇ・・・・・・」

「そんなもんだよ」

 どうしてこんな能力が備わったのか、この能力の解決方法はあるのか、それは僕にも凄腕の医者にも分からない事だけれど、慣れてしまえばそこまで大変なものでもない。

 今だって、普通に生活は出来ている。

 お風呂とトイレだけはどうにもならないが。

「あ、そういえば下にお菓子があるけど、お腹空いてるならそれ食べる?」

「おお、ナイスだヒロト。俺はかりんとうが食べてぇ!」

「随分と和風なお菓子を選択してきたね・・・・・・。普通にポテトチップスだよ」

「ポテトチップス?あぁそりゃあ駄目だわ。そんな油っぽいものスズメが食えるわけねぇだろうが。ちっとは考えろ」

「いつも唐揚げ食べてる奴が言うなよ」

 結局ポテトチップスを食べた。とはいえ、体の大きさが大きさなのでハチは3枚くらいしか口に入れず、残りは僕が食べた。お昼ご飯の直後には中々辛いものがあったよ・・・・・・。

「んじゃあ、今度こそ帰るわ。夕食、楽しみにしてるぜ?」

「楽しみにすればするほど、それが折られた時の悲しみも増えるけどね」

「夕食抜き確定かよっ!」

 確定だ。


 

 

ちゃちゃっと3話とかで終わらせるつもりなので、そのつもりで気軽に読んでやってください。

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