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6話

昼の町並みは夜のそれとは違い、随分と賑やかなものだ

人気のなかった夜の道路とはまるで違い、多くの人や亜人が往来していて、道路の両脇には売店が隙間なく並び、大きな声で客を呼び込んでいる

ちなみに売店で売っている物の種類は本当に豊富で、野菜や肉などの食べ物から、皿や時計等の生活用品、更には盾や剣のような武器まで何でも揃っている、ここで買えないのは薬くらいだろう

そんな活気のある大通りだが、一つ気になる事がある、人も亜人も、皆が鎧を着込み武器を持っている事だ……とは言っても、この世界にも傭兵くらいはあるだろうし、モンスターだっている、言うほど不思議な光景でも無いだろうか?

俺は結局、その光景を見ても心の中で『物騒だな』と思うだけだった

――物騒と言えば昨日のチンピラ達だが、あの後俺製の蜘蛛の糸で縛って道路の真ん中に放置しておいた、多分誰かが助けてやってくれるだろう、それ以上の事はしらん――


……物騒?…そう…物騒だ…正義の味方志望の俺が、物騒な事をほうっておくのはダメじゃないか…?

村人達もまだこの町に着いているか判らないし、不安の種を放置しておく事は無いだろう

俺はそう思い、傭兵らしき人物の1人に、何故そんな武装をしているのか、その理由を訊ねてみる事にした

「ア~、チョットイイカ?」

「あ?何だお前?」

傭兵らしき男は不快感を隠そうともせずに俺を睨みつける

「武装シテイル人ガ多イノガ気ニナッテナ、何カアッタノカ?」

「あ?…聞き取りにくい声だなぁお前、何があったかなんてただの傭兵の俺が知るかよ、大方町の外にモンスターでも湧いたんじゃねーか?俺はただ雇われたからここに――」

「アア、モウイイ、アリガトウ」

俺はその傭兵の話を途中で終わらせた、仕事の内容くらい知っておけ、おっさん


…しかし町の外にモンスターか…俺が見回った時には判らなかったが…これだけの傭兵が集まっているって事は…結構危険なモンスターなんじゃないか?

嫌な予感が胸をよぎる…トロールの時、間に合わずに死なせてしまった事を思い出す

発汗器官が体に無いので汗は出ていないが、内心冷や汗が止まらない

村人達の顔が頭にチラつき、気持ちが落ち着かない


俺は路地裏に駆けた、そうして人気の無い路地裏から建物の屋根まで跳び、上着を脱ぎ捨て、1日ぶりに羽を広げて村人達の所へ飛んだ

……時間にして10分程だろうか?

文字通り町を飛び出して村人達を見つけるのにかかった時間だ

空高くからだが、村人達が歩いているのが見える

どうやら無事のようだ

辺りにモンスターの姿も見えない

ホッとして、胸をなで下ろした

そうして自分がホッとした事に気が付き、笑えてきた

前の世界なら、他人をこんなに心配する事があっただろうか?

前は、例えリンチや万引きなどの現場を見ても、我関せずと知らん顔をしていた

間違っても他人を無償で心配し、その為に自分が戦うなんて事は出来なかった…いや、しなかった筈だ

あくまで無関心、無関係…そうしてきた


それが今はどうだ?見ず知らずの他人を助け、守り、心配している

…それもこれも、全部この体のおかげだ

この世界で最強の体…一体誰が造ったのかは知らないが、ありがたい

前の世界で見て見ぬふりをしていた事を、しなくてもいいんだ

素晴らしいじゃないか

間違っている事を間違っていると言える…最高じゃないか


…話がそれたな…どうやら村人達は安全なようだったので、俺はもう一度辺りを見回ってから町へ戻る事にした

村人達に会おうか迷ったが、俺が居ても気を使わせるだけだろうと思い、あえて会わなかった

…そういえば、あの村人達が住んでいた村、新しく出来た所と言っていたな…

だが、いざ住んでみるとトロールやヤマタノオロチといった危険なモンスターが大量に居た…おかしくないか?

なら何故、家などを建設している時、そんなモンスターに襲われなかったんだ?

村人達が襲われているのに、何故?

今になって考えてみると、色々とおかしい、何かおかしい

トロール達にしてもそうだ、まるで統率がとれていなかった

それなのに村人達は皆、一人残らず生け捕りにされていた…どういう事だ?

…解らない事が多すぎる…まあ情報があっても俺の頭で理解できるのか疑問だが

「…聞キ込ミデモ、スルカァ」

俺の呟きは誰に聞かれることもなく、大空の中に溶けていった

◆◆◆◆◆

「いやもうホント最近、丁度1ヶ月位?そのくらいの時からだよ!土地が荒れ始めたの!」

町に戻ってから数時間も経たない内に、随分と興味深い話を町の青年達から聞く事が出来た

話によると、少し前から急に土地が荒れだし、モンスターが凶暴化したのだと

なんでも昔からこの辺一帯はモンスターの危険度もかなり低く、弱小スライム(直径30センチ程で木の枝で殴れば倒せるレベル)が居る程度だったそうだ

そんなモンスターしか居なかったこの土地だが、ここ1ヶ月の間に土地が荒れ、何処からか危険度の高いモンスターが住み着いてきたのだと言うのだ

また、この町に住む老人はこう言っている

「儂が子どもの頃は、ちょうど今みたいにこの辺りの土地が荒れとったのよ」

…この話と先ほどの話をまとめるとこうなる

――――――――――――

●見た目80歳程の老人が子どもの頃、この辺一帯の土地が荒れていた

●今から1ヶ月前までは安全な土地だった

●つまりここ60年間、この土地は『何らかの理由』で安全になっていた

●だが今になってその『何らかの理由』が無くなり土地が元に戻った

――――――――――――

…この『何らかの理由』は、何だ?

まとめた話からは、この『何らかの理由』が約60年前に発生した事が判る…それが自然発生なのか、それとも人為的なものなのかは判らないが…

そしてもう一つ…これは俺の思い込みとこじつけなだけかもしれないが…

1ヶ月前と言えば…俺がこの体になった時じゃないか?

つまり何が言いたいかと言うと、その『何らかの理由』の余波か何かの所為で俺がこの体に憑依したんじゃないか?という事だ

もっとも、根拠も何も無い、タダのこじつけにすぎないんだが…

…って、俺の事はどうでもいいんだ、それよりも今は村人達だ

何を格好つけて推理みたいな事をしてるんだ俺は…


村人達が危険なモンスターの居る場所に住む事になったのは単に手違いというかタイミングが悪かったというか…まあそんな訳だが…手違いとは言えモンスターが凶暴化しているのが分かっていながら村人達を放置していたのは如何なものだろうか?

俺でも村人達が危ない事が判るぞ…

俺が助けれたから良かったものの、本当なら村人達皆死んでいてもおかしくないぞ

この町の状況を見る限り、村に傭兵を送るくらいは出来たんじゃないか?

手抜きか?手抜きなのか?

それともあの村は独立していてこの町と関係が無いとか?

…社会のテストで常に赤点をとっていた俺が考えて分かる事じゃないか…

しかし俺のポンコツ頭は答えが分からなくても疑問だけは一人前に湧いてくるんだよなぁ

Q・村人達が町に着いたらどこに住むの?とか

Q・やたら傭兵が多いけど誰が雇ってるの?とか

Q・村人達の所に飛んでいった時に脱ぎ捨てた服どこいったのかな?とか

Q・そういえばチンピラ達は無事に助けてもらったのかな?とか

Q・何か急に鐘がなりだしたね?とか

Q・何で傭兵の皆さんは鐘の音とともに走って行くの?とか

Q・走りながらモンスターが現れたぞって叫んでる人居るけど、ドコにどんなモンスターが現れたの?とか……え?

Q・…そういえば村人達…町に着くの遅いね…とか……

Q・おいお前モンスター現れた所ドコだよサッサと言え…外デスヨネヤッパリネ

◆◆◆◆◆◆

傭兵達が町を出るよりも速く、俺は空を飛んでいた

村人達が心配だったんだ

俺は傭兵達が町から出るよりも速く、町の付近一帯を見回った

だが、何故か町の外に居るはずのモンスターの姿が確認出来ない

傭兵達の姿がハッキリと確認できている分、不気味だ

空からは傭兵達が松明を大量に持っているのが見える、まだそんなに暗く無いのに火を大量に持つという事は、火に弱いモンスターなのだろうか?

まあ火に強かろうが弱かろうが、この体の敵では無いだろうが

ちなみにここから村人達の姿は確認できている、さっき『だった』と言ったのはそのためだ

ハッキリとは見えないが、皆ちゃんと歩いているようなので無事なのだろう、この日二度目のホッとした気持ちだ

しかし油断は出来ない、モンスターの姿が確認できていない以上、何時村人達が襲われるか分からないからだ

俺は村人達を守れるように、より近くに飛んでいった

そして村人達が肉眼でハッキリと見えるようになった時(大体1キロ程の距離だったか?)、村人達の異常に気が付いた

皆、フラフラとよろめきながら歩き、手や首から血が垂れている

出血自体は止まっているようだが、傷は深そうだ

「オイ!何ガアッタ!?無事カ!」

思わず空から声をかけてしまった、しかし村人達にはまるで聞こえていないようで、そのままフラフラとよろめいている

どういう事だ?そう俺が疑問に思った時、俺は…あの姉弟を見つけてしまった

いや、姉と…赤いナニカを見てしまった

「ウグッッゲエェェッ」

この体になって、初めて嘔吐した

トロールの巣の惨状を見ても吐かなかったのに

カラッポの胃から逆流した胃液は空中を滑るように落ちていき、荒れた土地をさらに溶かした

流石は生物兵器なこの体、胃液まで強力な酸でできているようだ

…現実逃避をしても、俺の目に映る光景はかわらない…

あの姉は…手を繋いでいたのだ…

肩までしかない…肉片と…

俺は認めたくない…いや、認めない

あの肉片が……あの……

俺は湧き上がる吐き気を我慢出来ずに、胃液を撒き散らしながらゆっくりと高度を下げ、その少女に近付いた

少女も首から血を流していたようだ、首もとが真っ赤に染まっている

「ナア、何ガアッタ?」

俺は少女に近付きながらそう尋ねた

その少女は…少女に限らず、村人全員だが…黙ったままで、俯いているため表情が読めない

だがよく見ると、口もとに血がついている…吐血したのか?

「何ガアッタノカ、教エテクレナイカ?」

俺は吐き気を我慢しながら、少女の背丈に目線を合わせる為に片膝をつき、そっと肩に手をのせた

少女の手にある肉片…今は無視だ

少女はゆっくりとこっちを向いた

そうして俺は悟った、遅かったのだと

そこにはかつての深く青かった目の面影はどこにも無く、右目に至っては白く濁っている

「ァ゛ー」

小さくか細いその呻き声は、どうしようもない絶望と恐怖を俺に与えてくれた

少女の口がゆっくりと開き、俺に近付いてくる

突き飛ばそうとしたが、少女はいつの間にか俺の首に手を回していて、離れる事はなかった

本気で突き飛ばせば人間の少女の体なんて一撃でミンチに出来る筈だが、そんな事を俺が出来る筈も無く――

少女は無情にも、俺の首筋に噛みついてきた

不覚にも、俺は悲鳴を上げてしまった

痛みは無い、傷も無い、だが…俺は悲鳴を上げてしまっていた

【ソレ】に噛まれれば、噛まれた人間も【ソレ】になる

前の世界じゃあゲームでも映画でも常識となっている

それがウイルスでも呪いでも…噛まれた人間は【ソレ】になる

そんな常識からの悲鳴?それとも見知った他人が【ソレ】になっていた恐怖からの悲鳴?

ワカラナイ

ただ、怖い

俺は首筋に噛みついた少女を振り払おうと身を何度も捻った

首に回った手をどけようと、少女の手を掴み引っ張った

…すると少女の手はボキボキと嫌な音を立てて首から離れ、少女自身も呆気なく地面に転がった

俺は少女から後ずさりしながら、周りの村人全員が【ソレ】なのだと思い出した

――何で逃げるの?――

ゆっくりと立ち上がってくる少女が、そう言っているように思えた

――助けてくれるんじゃなかったの?――

空に逃げようとする俺に、少女の虚ろな目が訴えてくる

――守ってくれるんじゃなかったの?――

空へ逃げると、町の方から傭兵達が近付いてくるのが見えた

俺の下には村人だった人達が呻きながらこっちを見ている、当然、その少女もだ

――ヒーローなんて、いなかったよ?――

どれだけ高く飛ぼうと、少女の声は聞こえてくる、いくら幻聴だと思っても、ずっと聞こえてくる

――嘘つき――

――嘘つき――

――嘘つき――

――嘘つき――

頭の中に、少女の声が響き続ける

遥か遠くとなった地面では、村人達が傭兵に焼かれている


俺は何も考えられずに、ただ飛んでいた

目的地は、あの研究室だ

ただ、ただただ逃避していた

現実に向き合う勇気も気力も、この時の俺には微塵もなかった

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