4話
俺が村で話をつけてから数日後、ついに村人達の大移動が始まった
トロール達に殺され残り少ない若者達が荷物を担ぎ、老人をいたわりながら進んで行く
そして俺は空から村人達を護衛していた、モンスターを近づかせないためにだ
たまにモンスターが近づくと、その付近に毒針を撃ち込み威嚇する(とは言っても、ネコマタ程度のモンスターは、村の若い男が2人も居れば安全に退治出来るので、実際俺はあまり必要じゃ無かったりする)そうすると大抵の場合は逃げて行くので、公道までの護衛は比較的簡単だったと言える
トロールやヤマタノオロチなど、村人達にとって危険度の高いモンスターが出現しなかったのも簡単だった理由の一つだろう
村人達が無事に公道に着いたので一旦付近を見て回ったが、既にそこらには村人を襲うようなモンスターは居なかった
そこで俺は村人達の所に降り、重そうな荷物を持って、村人達と一緒に歩いて進むことにした
…ここ数日村に通っていたおかげか、村人達も俺にずいぶんと優しくなった、というより脅えなくなったと思う
俺が一緒に歩いていても、俺を避けたり、怖がったりする人が居ない事がその証拠になるだろう
むしろ子ども達が近寄ってくるぐらいだ
勿論俺に近寄ってくる子ども達の中には、あの姉弟もいる
――余談だが、あの少女にある事を質問された、質問は『どうしてアナタは服を着て無いんですか?』というものだった。まぁある意味当然の質問だったので、俺は自分の服を持って居ない事を少女に話した、すると少女は少しためらった後、この世界の常識を優しく教えてくれた。話を聞くと、この世界での亜人とモンスターの違いは、なんと服の有無らしい、意外な事だが、服を着ているという事は確かな知性と教養があるという事で亜人と認められ、着ていなければ本能のままに生きるモンスターという事だそうだ、だから俺が最初にあった時や村に来た時、服を着ていなかったので亜人ではなくモンスターと思われたのだそうだ、それに付け加え、この世界に虫の亜人は殆ど居ないらしい、いてもどこか本能に生きている部分があるそうだ…最初に俺が脅えられた原因は大体そんな所だったらしい、ちなみに補足しておくと、服を着ていても本能に生きる亜人は、本能のまま生きている個体だけがモンスターとして討伐されるそうだ、代表的なのが『オーク』や『ゴブリン』といった有名なモンスターで、人間も『ごろつき』や『盗賊』といったモンスターとしてあつかわれる事があるというから驚きだ――
それにしてもあの姉弟、特に姉の方は年の割に聡く、俺のこの世界についての疑問点にも大抵の事は答えてくれた
おかげでその日の道中は退屈しなかった
ちなみに俺がこの少女に聞いたのは
この世界の『地理』・『宗教』・『力関係国家編』・『力関係モンスターの強さ編』・『通貨』・『道徳』そして『正義』だ
結果、『力関係』以外の疑問は答えてくれた、そしてその答えはどれも驚くべきものばかりだった
まず『地理』だが、村人の中に地図を持った人が居ると少女が言ったので、その人に地図を見せてもらった…のだが、ここで驚くべき事実が明らかになった
なんとこの世界には既に世界地図が存在したのだ、まだ産業革命も起こっていないであろうこの世界に…そして更に驚くべきは、この世界地図、地球の世界地図と非常に似ているのだ
高校を中退した程度の俺の知識では、国の名前や歴史なんてまったく判らない…しかし、日本やアメリカ、インドなどのわかりやすい国の形ぐらいは俺でも覚えている
だからこの世界地図が、俺の知っている世界地図と似ている事が分かった
なにせ日本が書いてあるのだ、地図の東の端っこにちょこんと…
これはもしかすると、この世界で俺が【ヒーロー】になるために、非常に有益な情報かも知れない、まあ俺の頭じゃあどう活用すればいいのか見当もつかないのだが…
ちなみに本題になる筈だった、今居る場所は、多分ロシア(?)の南西の方だ
…うん、この説明だけでも俺が馬鹿なのが判ると思う…まあいいや
続いて『宗教』なのだが、これまたどこかで聞いた事のあるような話だった
なんでもその宗教は、水をワインに変えたり病人を触れるだけで治したりして、磔にされて死んだ偉大な聖人の名前が宗教名になっているとか…
さらに今まであった土地などの神様を邪教として、その信者もろとも焼くのだそうだ
その甲斐あってか、今ではこの世界最大級の勢力となっていて、法王庁なる物ができ、その傘下の国々が結束してインド(?)との宗教戦争をしているとかしていないとか
一応いいとこ探してみると、その宗教の教会に行くと、神父…もしくはシスターとして、魔法を教えてもらえるのだとさ…地元の伝統的な魔法は滅ぼすけどな
結局俺は、…こうやって洗脳していくんだろうなぁ、なんて思いながら宗教の話を聞いていた
『通貨』に関する話は色々な人から聞いたが、正直難しかった印象しかない
色々複雑に言っていたけど、俺の頭じゃついていけんかったのだ
…少女にも理解出来る話なのに…
取りあえず金貨や銀貨に価値がある事は理解出来たが、どうにも金銭的な感覚の不安が残る形となった
『道徳』と『正義』については「何?」と逆に聞かれた
これは別に哲学的な返しじゃなくて、『正義』という概念が無いからだそうだ
この世界では『善い』や『悪い』は、『勝った』や『負けた』に当てはまるらしい
早い話が『勝った方が正義』って考え方だ
個人的にはそんな考え方があってたまるか!と言いたい
それだと村人達が悪でトロール達が正義になるじゃないか
そんな筈ないだろ?蹂躙された方が悪なんて事、あっていい筈が無い
…この概念はこの世界の常識と教育から来るものだろう…だったら俺がちょいと教えてやろう、そんな『正義』を知らない子ども達に、俺が今でも憧れ続ける『正義の味方』の話を
侵略者達から愛する地球を守り抜いた光の巨人達の話や、異形の存在になった悲しみを持ちながらも人類の自由の為に戦い続けた仮面の戦士達の話、何時の時代にも必ず存在し、悪の組織から人々を守る多色の戦士達の話など、あげていけばキリが無いが、とにかく俺は子ども達に話してみた、正義の系譜の話を
…本音を言うと、『正義』という価値観が無い子ども達にはウケないかと思ったが、予想外の大反響だった
…やはりヒーローという存在は偉大だという事だろう
どうやらあの姉弟も喜んで聞いてくれていたようだ
この日は公道を進んだだけ(1日歩き続けた)で野宿をする事になった、村人達は皆、1日の疲れからか熟睡していた
もっとも、俺はまったく疲れていなかったのだが…
――夜、村人達が寝静まってから数時間後、ソイツは来た
ズリ…ズリ…と音を立てながら、その巨体で道に窪みをつけながらこっちに向かってくる
…ヤマタノオロチだ
――あの少女に聞いていた事だが、村に居た時から、たまに…それも夜に、外から這いずる音が聞こえていたそうだ、だが何故か、家の中に居れば襲われなかったという――
おそらくは蛇の特殊能力とも言える熱源探知機…だったかな?忘れた……のようなものを持って居るのだろう…だが変温動物の蛇がこんな温度の下がる夜更けに?
……まあ、異世界のモンスターに前の世界の生き物の常識を当てはめようとしても無駄か…第一前の世界の蛇のことすら知らない俺が、異世界のモンスターのことなんか分かる筈が無いか…
…ヤマタノオロチはその巨体に見合わぬ速度でこちらに向かって這って来ている
俺は村人達を起こし逃げる準備をするように伝えると、ヤマタノオロチに向かい駆け出した
…夜の暗闇の中、ヤマタノオロチの爛々と光る黄色い目が俺を捉えたのが判った
俺はそれに応えるように、走る速度をあげてヤマタノオロチに向かい駆ける
そうして俺がヤマタノオロチの射程距離に入ったその時、弾丸のような速度で3つの頭が俺に踊りかかってきて――
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結果、俺は無傷でヤマタノオロチを撃退することに成功した、負傷者も無しだ
…正直、ヤマタノオロチは俺の敵じゃ無かった
複数の頭から繰り出される噛みつき攻撃はどれも単調で、喧嘩なんてした事の無い俺ですらが、体の性能に任せて簡単に避ける事が出来た
それに最初、ビビって一回だけ噛まれたが、ヤマタノオロチの牙は俺に刺さらなかった(そのおかげで冷静になり、その後の攻撃をかわせたのだが)
それなのに俺の攻撃は軽いジャブ程度の一撃が甲殻を砕き、鱗を抉り、肉を穿つ…この辺の主のようだし殺す訳にもいかず、手加減をする事の方が難しかった(今回はグロいっちゃグロい戦いだったけど、トロール戦が酷すぎて耐性がついてたのでなんとかなった)
俺が無傷で帰って来たことに村人達は驚いていたが、真夜中にたたき起こされ眠かったらしく、皆そのまますぐに寝てしまったようだった…
そして翌日
また、村人達の大移動が始まった
昨日の疲れが残っているのか動きがダルそうだ
…もっとも、他人の疲れは俺にもどうにもできないのだが…
そうして朝からの大移動は、数度の休憩をはさみ夜まで続いた
俺はその日は、何度か空を巡回をして、荷物を持ってを繰り返した
昼間の巡回中には、辺りには既にトロール達のような危険なモンスターは居らす、ただの野ウサギなどが多く発見できた
そして夜になって、巡回をしようと飛んでみると、遠くに…しかし肉眼で(俺の目は複眼だが)見える位の所に、町があるのを発見した
おそらく明日の夕方頃には町に着けるだろう
その時には俺も、もうこの人達には必要無くなっているのだろう…
そう考える内に、俺はまた自問自答を始めていた
…俺がこの世界に来て何日経ったのだろうか…この体の扱いにも随分と慣れたと思う
飛ぶ事も上手くなったし、力加減も完璧だ
…この力を自分の為だけでなく、人の為にも使えたら…それは素晴らしい事だろうな
ただ、難しいのは本当に人の為になるか、ただの独善的行為の暴走になるかの線引きだと思う…
…俺はその線引きを誤らないで出来るだろうか?暴走する独りよがりな正義にならず、正しく真っすぐに生きていけるだろうか?
この時、そう自問自答しながら眠る村人達を見ていると、子ども達が皆、何の恐怖も無いというような、安心しきった顔で寝ているのが見えた、俺が絶対に守る事を信用してくれているから?それともただ幼いから?
…どっちでもいい…その顔が見れただけでいい、うん、大丈夫だ、また明日も頑張ろう…そう思えた