8話
この場所をどれだけ探しただろうか
この時をどれだけ待っていただろうか
『死にたい』と思ってから、一体どれだけの時間が経ったんだろうか
旅を始めてから今日までずっと、俺の心は虚無だった
山を旅し、砂漠を旅し、森を旅した
でも、結局俺は何も変わらなかった……人を助けようが…何をしようが、『死にたい』という気持ちは変わらなかった
俺は一体何故死にたいのか?旅の途中にふと考えた事がある…でもその答えは既に出ていた
…俺は、あの村の人達を守れなかった自分が許せ無いから死にたいんじゃ無いんだ、本当はあの村の人達が死んでいた時、心のどこかで重荷が無くなったって思ってた…そんな自分を殺したいから死にたいんだ
偽物だったんだ…全部…あの時の悲しさも…俺の正義感も…
…もう疲れた……永かった……もう、終わりだ
「入りたまえ」
扉の向こうから威厳ある低い声が聞こえてくる、やっと楽になれるのか…
「失礼します、教授、早速ですがお客様です」
扉が開かれ、俺と案内してくれた女性が部屋に入る
「…む?……ショウエイか?…久しぶりだな…同志よ、それにアリス君も、よくぞ無事で」
部屋に居たのは、意外にも30代半ばといった外見の男性だった
少しウェーブのかかった白い髪が肩まで伸びている
「?、この方とお知り合いですか?教授」
…そういえばそうだな…あのノートは百年前位から記録されていた筈だぞ…でもこの人は今、確かに『同志』と言った
……まあ今から死ぬんだ、どうでもいいさ
「ああ、最後を看取るくらいには仲が良かったかな?まあ今になってまたショウエイが培養プラントの中から起き上がってくるとは思わなかったがね」
「あの、教授。失礼ながら、彼は記憶を失っているそうで…その、えっと」
「…何?だとすると…ふむ…面白い……まあ、百聞は一見にしかずだ、ショウエイ、君だ君、君の事だよ…少しこっちに寄ってくれないか?」
…何なんだ…一体?
教授とやらは、そのまま俺の方に近づいて来て、俺の額に自分の額をくっつけだした
何がしたいんだ?
「!!……ほぉ~、ハッハハ。異世界!なる程、そんな所があるのか!面白い!!ショウエイ、いや、中身は既にトシアキだったな!イイだろう!君のこの世界に来てからの疑問に答えながらバラバラに解体してやろう!」
「……エ?」
「異世…界?教授?何を読み取ったんですか?」
何だ?読み取った?なんで俺の名前を?なん――
…ここで俺の思考は強制的に終わらせられた
ガリガリという音と共に火花が飛び散り、俺の肩をチェーンソーが斬りつけていた
「ふむ、君の記憶を元に再現してみたが、余り切れないものだな」
驚くべき事だが、今俺を斬りつけているチェーンソーは教授の肘から先が変化した物だった
「ひぃっ!き、教授!?」
「ああ、アリス君も居たんだったね、君にも説明するから少し待ちたまえ」
そう言うと、教授の手は元々そうであったように、なんの変哲もないただの腕に戻った
「スマンスマン、新しい知識が増えて嬉しくてな、解体して欲しいみたいだったし、つい我を抑えられなかった」
「…俺ハ何モ言ッテ無インデスガ」
「その問い、少し待ちたまえ…順に説明してやろう…いいか?
まずアリス君の『何を読み取ったか』だ、トシアキ君は知らないだろうが、私には生物の記憶や考えている事を読み取る、所謂【リーディング】能力があってね…その能力を使って君の記憶を読ませてもらったんだよ、これが君の問いの答えだ…で、アリス君、実は彼の記憶を覗いてみたのだが、興味深い事に、彼の魂はこの世界とは異なる世界、いわゆる異世界というやつから来ていたという事が分かったのだよ!判るかい?私は異世界の!この世界より遥かに進んだ文明を持つ世界の叡智を読み取ったのだよ!」
「じ、じゃあさっきの腕は何なんですか!何故教授の腕があのような変化を?」
「そっちの説明も今から始めよう、アリス君、君は大学に入って、今年で何年目だね?」
「さ、2年目ですけど…」
「ふむ、なら知らないか、トシアキ君も聞きたまえ
二百年程前、私やショウエイといった『5人の賢者』と呼ばれる学者達が居た…私達5人の目標はただ一つ、『人類という種の進化』だ
5人は皆、各人がそれぞれ可能性を見いだした物への進化を求めた
1人は純粋に人体の機能を最大限引き出すという形で
1人は悪魔達の心臓をその身に宿すというという形で
1人は海洋生物の遺伝子をその身に移植するという形で
1人は知っての通り昆虫の遺伝子をその身に移植する形で
そして私は金属生命体との融合という形で
5人はそれぞれが人類より一歩進んだ生命体になった
で、さっきの腕は私がこの体を形作るナノマシンを変形させて読み取った記憶を忠実に再現したものだ」
「ナ、ナノマシン?教授?一体何の話を」
「君がこの大学に入る前に一度生徒達に見せたのだがね、2年目だと丁度見てないのか、うっかりしていたよ」
「いや、きょう「ドウデモイイ」え?」
「『ナノマシン』ガドウダトカ、コノ体ガドウダトカ、ソンナ事ハドウデモイイ
早ク、コワシテクレ」
長い話も説明もいらない
どうでもいいから……殺してくれ
「おっとスマナイ、生徒が居ると、つい説明したくなってしまってね、今バラバラにしてやるよ」
「ちょ!待って下さい、教授。アナタが手を下す必要性がありますか!?彼の現実逃避にわざわざ相手をしなくて…も?」
ふと、気がつくと、右腕が肩から無くなっていた
教授の腕が刃物に変わっているところを見ると、あれで切り落とされたのか
それにしても、腕を切り落とされたのに痛みを鈍く感じる
まるで現実じゃ無いみたいだ
「刃の部分から高周波を発して対象の分子結合を分解して切断するんだ、コレなら君の体を解体できるね。…アリス君、コレは結構重要な事だよ?彼も一応、私とは違う『進化』を遂げた人類の姿なのだからね、性能の差をしっかりと記録しなければね」
「しかし!」
「何、心配する事は無い、彼だって死にたがってるんだ、何の問題も無いだろう」
そう言うや否や、教授が手を俺に向けたと思うと、一瞬、眩い光と共に俺の足に焼け焦げた後がついていた
「レーザー程度じゃあ駄目か…ならコレはどうだ?」
さっきと余り変わらない光だったが、足はきっちりと千切れ、床板ごと吹き飛んでいる、威力が桁違いに上がってるのか
「電磁誘導によるレールガンってやつだ」
やっと、終わりが見えてきた気がする
俺の…命の終わりが
「おっと、解体はいつでも出来るが…その前に君の体内にある創世の石を取り出させてもらうよ」
…ああ、ノートに書いていた俺の動力源か…教授の手が俺の体内に入って来るのが判る…胸板を切り開いたのか……思ってたより痛いな
「この石は私の中にあった方が遥かに有益だと思うね、私の方が消費エネルギーが多いし……どれ、そろそろ君の記憶にあった『荷電粒子砲』とやらでもぶっ放してフィナーレにするかな?」
……や…っと………終わり…か…
「…教授…彼はもう…死んでいます」
…!?…俺は…まだ……生きて…
「いやいや、アリス君、ショウエイの目指した新人類はこの程度じゃあ死にはしないだろうさ、跡形もなく消滅させないとね」
……そう…だ……だから……早く…
「この学校にも多大な被害が出ますよ…」
「いいさ、私が創った学校だ」
「…………」
「……ところでアリス君、君は何故私が3年前、生徒達の前でこの“力”を見せたと思うかね?」
「……え?」
……何?
「私はね、人にナノマシンを飲ませることで自由に仲間を増やせるんだよ」
「あの、教授。おっしゃる意味が」
…一体…何を…
「この大学を創ったのもその為さ…優秀な同族を増やしたかったからね、優秀な個体を集める為に創った物なのだよ」
「教授?」
ろくでも…なさそうな事を…喋り、出したな
「しかし残念ながら、この学校を創立して以来、何度も同族を増やそうとしてみたんだが、殆どの生徒達は内側から喰われて死んでしまったんだよ…」
「……何を…」
「…アリス…君は大丈夫かな?」
「ひ……教授!止めっ!?」
何とか、糸だけは…出せたな
「まだ動けたかい…やっぱりね、しかしこんな糸で私の動きを止められると思うかい?」
!?、糸が…溶けて?
「私の体は変化させるだけが取り柄でなくてね、ナノマシンの高速運動により熱を発して体を赤熱化させたりもできるんだ、今回は赤熱化とはいかなくても、昆虫が吐き出す糸を焼き切るくらいならなんてことはないね」
クソ…最後まで嫌なもん見せる気かよ
「さて、アリス…君には期待しているよ、私と同様、人類という種から進化でき……おや、なにもそんなに怖がらなくてもいいだろう、君は過去に類を見ない優秀な生徒だったが、追い詰められると泣き出すのは悪い癖だな、もう20歳だろう?」
「誰か…助け…」
…俺…何やってんだ?
こんな光景が見たくないから『ヒーロー』になりたかったんじゃ無いのか?
クソ…教授の口から液体金属のような物が…スライム?…あのアリスとかいう子の口に入って…
「ひっ……あっ…あぅ……あ……はぁ…あぐ……ぎ、ぁぁぁぁぁぁ!!!」
金属のスライムを呑まされたアリスが腹を抑えながら悶え出したかと思うと、金色だった髪の毛が教授と同じように白くなっていった
「ほぅ!おめでとう!アリス、君はちょうどうまく適合したらしい、それならあとはもう安心だ、死ぬ事は無い、後ほんの2、3日の我慢だ、後2、3日の間、内蔵をいじくられる苦しみに耐えれば、君は人類という種の枠から飛び立てる!」
……はは、何だそりゃあ…悪の組織の改造手術かよ……はは
「おっと、そういえば君も生きていたんだったね、大丈夫。今度は頭から真っ二つにしてやろう」
「ソイツハ…ゴ丁寧ニ……ドウモ」
「ノートもあるし、君の死体は別に価値も無いしね、すぐそこの海にでも廃棄してあげよう」
ああ、やっと望んだ最後がくるのか…頭に…脳に刃が入ってくるのが判るよ……
でも最後に…この教授…ぶ―――