第八話
それから大変なことになった。
と言うのも、まずはこの病院では出産出来ないことが分かったのだ。
「ちょうど予定日の頃はベッドの空きがなくて。どこか別のところを探して下さい」
担当医は事務的に告げて、それでおしまい。次の方・・・といったぞんざいな対応をした。
由緒は、『はぁ?』と思った。
仮にも医者と名のつく存在が、会って30分もしない内に患者を見捨てるって、どういうことだ?
しかし本人は、『現実的に不可能だからしょうがないだろう』といった顔。
気に留める様子もない。
由緒は何だかカッとなって、頭の中にいくつも罵倒する言葉が浮かびあがってきたが、・・・やめた。
(こんなクソみたいな医者に、繭子を任せるなんて!)
・・・冗談じゃない、こっちから願い下げだ!
由緒は繭子の手を引いて診察室を出た。そこにはさっきと同じピンクの壁紙の待合室があったのだが、子供に優しいピンク色は、由緒の不快感をさらに煽った。
眉間にたっぷり皺を寄せて会計をすますと、駐車場に止めていた車に乗り込む。
「ユウ、どうしよう・・・・困ったね・・・」
繭子はぽそぽそと呟いた。
その後、市内で3件あった産科には、全て同じ理由で断られてしまった。
『助産院』というところも見つけて訊ねたが、こちらでは
「29歳の初産は、ちょっと・・・・。何かあったら、責任はとれないですし・・・」
もう、市内で出産できる場所は残っていなかった。
一番大きな市立病院ではキャンセル待ち扱いをしてくれたが、キャンセルということは誰かに辛い事態が起こったということで・・・。何だかそれもいい気がしない。
結局、あちこち電話をして、ようやく見つけたのが2つ隣の市の総合病院だった。
車で1時間半。出産時の不安はあったが、それでも受け入れてくれたのには感謝でいっぱいだ。
電話で確認して、手続きに向かう。途中何回か休憩を挟みながら、ようやく到着・・・。
諸々終わって帰路につき、自宅に戻ったのは空がだいぶ暗く染まった後だった。
「疲れたか、繭子?」
「うん、ちょっと・・・。今日はご飯はいいから、シャワーを浴びて、寝たい・・・」
「そうか、わかった」
シャワーを浴びて、髪を乾かして、顔に塗って。それからようやく布団に入った繭子。
気が付くと規則正しい寝息が聞こえてくる。本当に疲れてしまったのだろう。
由緒も、今日はへとへとだった。あっちこっちに振り回されて、無駄骨を折り、ぞんざいな扱いを受けた。
それでも、これはまだ出産の第一プロセスくらいなのだろうから、この先の道にはどんな事が待っているのだろうか?
気が滅入った。それでも、こんなところで音を上げていたら先には進めまい。
由緒は隣に眠る繭子の髪を梳き、優しい目で見つめた。
(がんばろうな、マユ・・・)
慌ただしく駆け回ったからだったのか、いつの間にか由緒の中に『出産』に対しての抵抗はなくなっていた。妻と子供のために奔走した、それが由緒の心に何かを落としたのかもしれなかった。