第六話
ものくろが出て行ってから、3日がたった。
由緒はあれから毎朝、出勤前に必ず窓を開けて辺りを見回すようにしていた。
時折、見たこともないノラ猫に出くわすことはあったが、残念ながらまだ、ものくろを見かけることはない。
繭子はあの日以来、かなり気を落としてしまったようだ。
朝だろうと夜だろうと時間があれば窓の外を眺めているし、家事にもあまり手が付かない。
由緒が仕事から帰るとキッチンの洗いモノが前日の夜のままだったり、洗濯機に脱水したまま干してない衣類が入っていたり・・・。
それでも、今は繭子にあまり強く言うつもりはなかった。
由緒には『仕事』という責任、ある意味“心の支え”があるから、かろうじて前に進めているだけだ。立場が繭子の側であったらどうだろう?朝起きて、掃除をして、洗濯をして、買い物にいって、・・・それらをするのに必要な“心のエネルギー”を、これまで繭子はどうやって生み出していたのか?少なくとも、由緒から得たのではないはずだ。
そして彼女の大切なエネルギーの源のひとつは、今はもう、いなくなってしまった・・・・。
由緒は最近、今までほとんどしたことがなかった自宅への電話を仕事の合間にするようにしていた。
「もしもし、マユ。調子はどうだ?」
「・・・うん、大丈夫」
「昨晩もあまり食べてなかったけど、今日はちゃんと食べれてるか?」
「まだ、何も食べてないの」
「・・・そうか。なぁ、気晴らしに夕飯は外に食べに行くか?」
「ユウ、ごめんね。何だかそういう気分じゃないの・・・」
「・・・そうか。わかった」
ものくろのことも気にはかかったが、何より繭子が心配だった。
あの夜、繭子が言ったこと―――――――。
あれは今まで口にできなかった、繭子の本当の声。
由緒が見ようとしなかった現実。その結果、由緒は大切なものを自分で壊しかけていたのだ。
もう、遅いかもしれない。・・・・・・でも、彼女を救いたい。そのためにどうしたらいいか、由緒は来る日も、来る日も、考えていた。
まだその答えは出ていないいけれど。
それでも、避けることだけはもうしない。自身に誓い、今夜も繭子と向き合おうと心に決めていた。
玄関のドアを開けて、すぐに異変に気付いた。
体の奥から絞り出すような呻き声。トイレからだった。
そこでは繭子が激しく嘔吐していた。すぐに由緒は駆け寄った。
「マユ、どうした!?」
背中を摩り、彼女の負担を少しでも軽くしようとする。長くこのような状態だったのだろう、肩でする息は非常に憔悴していて、細身の繭子の体をさらに小さく感じさせた。
「・・・マユ」
由緒はもう一度、呼びかけた。繭子は返事をする代わりに由緒の腕を掴んで弱弱しく引き寄せる。
「・・・ユウ。・・・・赤ちゃんが、いるの」