第四話
とても眠ることはできないだろうと思っていた。
部屋の明りはカーテン越しの外からの月明かりだけ。
いつにも増して青く、静謐で。
それがざわついていた心を、妙に静かにしている気がした。
繭子は、ものくろが居つくようになってからのことをずっと話していた。
初めて庭で見かけたときのこと・・・。
気が付いたら、窓のすぐそばで自分の顔をのぞき見ていて。
今度来たらえさでもあげようかな、と思ったら、すぐ翌朝に訪れて。
最初はおっかなびっくりで、でもすぐに打ち解けて。
そのうちに部屋の中に興味を持ったのか、首を伸ばして覗きこんで。
あるとき、ミルクが足りないっておかわりを要求してくるから、取りに戻ったら部屋に上がり込んできて・・・。
日中は窓辺が大好きで、ときどき風に揺れる鉢植えを興味心身に眺めていて。
雨の匂いがすると早々に現れて、おかげで洗濯ものをぬらさずにすんで。
かつおぶしが好きで、シラスはぜんぜん食べなくて。
フローリングを滑りながら駆けまわって。
いつも炬燵が大好きで。
気が付くと繭子は、小さく嗚咽を漏らしていた。
由緒はそっと腕を伸ばし、彼女の頭を撫でようとする。
「私・・・・・」
「うん?」
「私、知ってたの。ノラ猫は、家に入れちゃいけないって」
「・・・マユ?」
「・・・自然への耐性が弱くなっちゃうから。野良では、生きていけなくなっちゃうから。駄目だって知ってたの。・・・・・・でも、私、一人ぼっちだった。だれかにそばにいてほしかった。・・・結婚してから、・・・こっちに引っ越してから、友達も出来なくて。辛くても相談も出来なくて。・・・悩みを聞いてもらいたかった・・・」
由緒の伸ばした腕が強張る。俯いた繭子を、じっと・・・じっと食い入りように見る。
「大好きだったから結婚したのに、傍にいたかったのに、現実は・・・違って。二人でいるのにだれも居ないみたいな感じ・・・・・・。毎日が同じように始まって、同じように終わって。私は歯車のように廻る。ただ、廻るだけ」
「まゆ・・・こ・・・?」
「ごめんね、・・・・・・ものくろ。ごめんね・・・」