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第一話

数年前体験した、僕自身の経験をもとにしたストーリーです。


家族とは。親とは。夫とは。自分とは。


一つの命が僕に教えてくれたこと。今も忘れずに僕は生きています。


拙い筆が、何か少しでも誰かに伝えてくれたらいいなと、書きました。

だれかが言っていた。この世の幸せの量は限りがある、と。

使い過ぎればなくなるし、だれかが使えば、だれかが失う。

そう、この世の幸せは限りあるモノ。

だから大事にしなさい、と。



            *

 

そろそろ結婚して3年目。今の生活にもだいぶなれてきた。

長く一人暮らしを続けた後の、結婚生活。

望んで始めた二人暮らしは、思っていたよりも美しくなく、

思っていた以上に、面倒なものだった。

それでもこうして今夜もここに帰ってくるのは、曲がりなりにも夫婦、ということか。

坂野由緒はただ今、3歳年上の妻の繭子と二人暮らし。

今の生活にもなれてきて、毎日の生活は惰性に近い「昨日の繰り返し」。


彼の仕事は販売業で、まあ言ってしまえば『デパートのお味見どうぞ』、である。

毎日毎日、マダムという名の常連客と微塵も興味のない話をして、頭を下げて。

おかげで職場を出ると途端に脳がシステムダウンする。思考は停止して会話をすることを拒否する。

同僚、に当たる人々は職場がら女性がほとんどで、心の底から愚痴をいったり、仕事の悩みを相談するには、どうにも隔たりを感じてしまう。

自然と会話する機会は少なく、彼女達と仕事以外の交流は全くない。

家に帰っても余り状況は変わらず、2DKの安アパート、6.5畳のリビングの小さな空間に夫婦二人、することと言えば同じ番組を見ることくらいな毎日。

今日も帰れば、また同じことの繰り返しだと思っていた。


「おかえり・・・」

由緒が帰ると繭子は珍しくリビングではなくダイニング・キッチンにしゃがみこんでいた。

ちょっと困ったような顔をして、そのあとふっと微笑んで。

「ただいま」

玄関で革靴を脱ぎ、スーツを脱ぐ。

いつもと変わらない場所に置いてある、部屋着に手を掛ける。

「あのね・・・」

「うん?」

「これ。・・・この子、どうしようか?」

直に何か言われると思っていたのにちっとも反応のない由緒に、繭子はちょっと言いづらそうにしながら、小さな声で呟いた。

言われて、初めていつもと様子が違うことに気付く。

・・・・・・子猫。

まだ生後3カ月くらいか。白と灰色と黒のまだら模様。

今は繭子の足元に置かれた小鉢から、せっせとミルクを舐めとっている。

由緒の視線はしばらくその愛らしい姿をとらえていた。

それからその視線をふっと繭子に戻して訊く。

「それ、どうしたんだ?」

「お庭に来てたの。それで、お部屋に入ってくるかな、って思って窓を開けておいたら入ってきちゃって」

繭子は悪怯れる様子もなく、にこっとして言った。

「マユ。このアパートはペット禁止なの、知っているよね?」

由緒は少し眉を上げ、口調も強くして問いただす。

「ペットじゃないよ、ユウ。ただ、今日はたまたまお部屋に入ってきただけなの」

「マユ、それはその猫のほうの事情で、社会的にはこの猫(これ)はペット、っていうんだ」

「違うよ、そうじゃなくて・・・。この子はきっと、寄りたいときに寄るだけだよ」

由緒は頭を抱える。

(また、始まった・・・)

繭子は決して訊きわけの悪いタイプではない。理路整然と話して納得させれば、年下の由緒の言葉もちゃんと素直に訊くようになる。

ただ、稀に由緒にもわからない法則か理論が繭子の行動を決定したとき、彼女の意思は固い。

というより、『彼女と自分の判断基準が異った場合、繭子側に歩み寄りはない』というほうが的を得ているだろうか。

ともかく、今回のテーマは『賃貸物件を利用する上でのルール』という話だったはずがいつのまにか『人の目線で考えるベきか、猫の目線で考えるべきか』という大変難しく哲学的な内容にすり替わってしまっていた。

こうなるとこの姉さん女房は強い。・・・説得、はおそらく実現しないだろう。




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