とある吹奏楽部にて。
吹奏楽部。
大半の人が、大人しくて運動部よりも少し影の薄い、でも時には運動部なみに走りこんだりもする、縁の下の力持ち的な、真面目なイメージを持つだろう。
少なくとも僕はそうだった。
うちの学校の吹奏楽部は、何かと美形が多い。
学校中の可愛い子達が集まっているんじゃないかってくらい、美人だらけなのだ。
そんなわけで、当然ながら我が校吹奏楽部は、男子から絶大な人気があり、部活の時間は音楽室を覗きに行く輩も少なくはないわけだ。
でも、わざわざ覗きに行くのではなくて、もういっそ入部してしまえば、小さな窓から眺めるよりも間近で部員たちを拝めるではないか、と思う人がいるかもしれない。
……ここで男子達も頭をかかえる大きな問題が1つ。
この吹奏楽部、実は男子の入部を固くお断りする、いわゆる男子禁制の部なのだった。
ふわあ、と大きなあくびを1つつく。
僕こと竜胆嵐は今、非常に退屈しているのである。
珍しく部活も早く終わり、やることがない。
一緒に帰っている友達を待っているにも、早くてあと2時間後で、時間があまりすぎている。
じっとしているのもつまらないし、何か面白い退屈しのぎはないかと、意味もなく廊下をぶらついているところであった。
うちの高校は、部活の数が豊富である。
特に文化部は伝統のあるものばかりで、けっこう見ていて面白い。
中には和太鼓部、なんてのもあって、お祭りの季節でもないのに、ドンドコドンドコ年中無休でやっていたりもする。
そんな個性的な部活を遠目に眺め、音楽室の前を通り過ぎようとした時。
「うわっ!?」
どたーん、と盛大な音をたててコケた。
なんで!?
足元にひらりと落ちる、なにやら白い紙。
僕はどうやらそれにつまずいたらしい。
五線譜が書いてあるのを見ると、これは楽譜だろうか?
僕には到底理解できない、音符だの休符だの、意味不明な記号の羅列のオンパレード。
題名は、ラプソディー・イン・ブルー。
パートはテナーサックス。
ああ、吹奏楽部か。
テナーサックスなんて、特に目立った楽器じゃないし、サックスといえばアルトサックスの方がメジャーなわけで、僕はテナーサックスを吹いている生徒なんて知らない。
フルートやトランペットなら、文化祭でソロをやったりと、わりと活躍していて、顔くらいは分かるのだが。
でも落し物を拾った以上、そのままにしておく訳にもいかないし、持ち主に届けてやる義務がある。
ま、いいか。
吹部の人可愛いし。
たしか、吹奏楽部は合奏の時以外、使っていない教室を借りてパート練習を行っていたはず。
だいぶ前に、サックスパートは1年5組だと、覗き常習犯の変態友達が言っていた気もするし。
とりあえず、もと来た廊下を引き返し、1年5組を目指すことにしよう。
「すいませーん」
たたたったらったたー、と冒頭部分を吹いていたサックスの音がピタ、と止んだ。
男子禁制の部ということもあり、女の子だけでいるところ、いきなりドアを開けるのはどうかと思ったので、ドアは閉まったまま声だけかけてみた。
「楽譜落ちてたんですけどー、テナーサックスってここですよね?」
「はあ!? 何なのあんた、さっさと渡せっつの!」
ガラララララララ、ととんでもなく大きな音をたてて、そしてまた、とんでもなくでかい声をあげて出てきた小さな女の子。
びっくりした。
黒髪ぱっつん、耳の下あたりで二つ結びと、大人しそうな子なのに、どこからそんな馬鹿でかい声が出てくるんだ。
「のろいんだってば! はいはい、ありがとーございまし」
ひったくろうとした彼女の手が、言葉と共に固まった。
そして、僕の顔を凝視しながら、間の抜けたような声で。
「あれ……? なんで、嵐……?」
初対面で名前呼び、とはこっちの方がびっくりだ。
ていうか、こいつ誰?
とくに目立つこともない、僕の名前を知っている人なんて限られているし、僕に親しい女の子なんていただろうか。
そこで僕は初めて、ぱっつん女の顔を正面から見つめた。
僕を見つめ返してくる目は、黒目がちで大きくて、丸顔で、美人というよりは、愛嬌のある可愛い顔をしている。
まったくもって見覚えがない。
僕が首をかしげていると、ぱっつん女はちょっと機嫌が悪くなったようだった。
「覚えてないんだー、4年くらい前だしねー」
てことは、中1の頃……?
僕の中学校の思い出といえば、3年間ずっと担任が同じ人だったこと、仲の良かった友達が引っ越してしまったこと、好きな人にふられたこと……
思い出したくないことばかりだ。
「ああごめん、用事があるからまたな」
僕はそういってはぐらかし、今日のことは忘れようと思った。
吹奏楽部は、大人しくて可愛い子だけがいるわけじゃなかった、ということ以外。
あのぱっつん女のことなんて、すっかり綺麗に忘れ去ったある日のことだった。
日直だから、という理由で先生にパシられた僕は、2年4組の教室へ向かっていた。
「ごめんね、竜胆くん! 先生これから会議だから、このプリント4組もってといて!」
とかなんとか言って、僕にとんでもない量のプリントの束を渡してきやがった。
いいんだけどさ、どうせ暇だし。
まだ、教室にはちらほら人が残っている。
窓の外を眺めるカップルだったり、友達としゃべっている女子達だったり。
人がいる中で他教室にプリントを持って入るのは、少し気が引けるけど、頼まれた以上はしかたない。
さっさと済ませて、出てくるとしよう。
カラカラ、と小さな音を立てて前のドアを開ける。
「……っ」
僕は信じがたいものを見た。
夕日で真っ赤に染まった教室で1人、窓の外を眺める女の子。
入ってくる風で髪がこぼれ、さらさらと舞うその姿は、僕は見覚えがあった。
中学生にあがって間もない頃、僕に恋人ができた。
死ぬ思いで想いを伝え、やっと叶ったはずなのに。
彼女は、2年生にあがる少し前に、親の転勤で引っ越してしまったのだ。
寂しくて、悲しくて、忘れ去ることでしか悲しみを癒せなかった僕は、彼女と過ごした1年間、無かった事にして過ごしてきた。
5年前、中学1年生だった僕は、放課後の教室で、真っ赤に染まった夕日を背中に、彼女に告白した。
今の状況は、あまりにもその時にそっくりで、まるで時間が止まったかのように、僕はその後ろ姿から目が離せなかった。
「杏里……?」
思わずつぶやいた言葉は、もうもとには戻らない。
ゆっくりと、その女の子は振り向いた。
「嵐」
下を向いたまま、僕の名前を呼ぶ。
そして。
「やっと、思い出した?」
「え?」
がばっと顔をあげたその子は、
「ぱっつん女!?」
大きな目、丸い顔、桃色の小さな唇。
まぎれもなく、あのぱっつん女なのに、思い出してしまった僕はどこか杏里の面影がある気がして、顔を凝視してしまう。
「髪伸ばしたからって、メイクしてるからって、背伸びたからって、忘れてんじゃないわよ!」
強い口調のくせに、涙をためて僕を見上げる、生意気で、愛らしい顔。
そうだ。
引っ越す前日、見送りにきた僕を、杏里は今のように見上げていた。
まだ肩までしかなかった髪を、おかっぱくらいまで短くして、
「髪、のびたら逢いに行ってやるからな!」
と、強がりまくって背中をむけた杏里。
「おまえ、約束覚えてたのか」
ごめん杏里、思い出したよ。
杏里はこんなに可愛くなって、髪も綺麗に伸ばして、メイクも覚えたのに、僕は何も変われなかったよ。
「ごめん杏里、おかえり」
プリントを机に置き、僕は両手を広げる。
「馬鹿」
毒づきながらも、僕の胸にすぽっと収まる杏里は、最高に可愛い。
前言撤回、やっぱり吹奏楽部は、可愛い子の集まりなのかもしれない。
最初、コメディを書こうと思ってました
無理だったので、恋愛にしました(ぇ
まあ、ラノベっぽい恋愛になってればいいな、と思います
読んでくれた皆さん、ありがとう!