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透明な隣人と私  作者:
5/10

第5話 追う影

 事務所の朝は、昨日よりも冷たかった。

 窓から差し込む光は弱く、埃が金色に舞う。

 机の上には昨日のメモがまだ置かれ、「――見つけて」の文字が朝日にかすかに光っていた。


 紅は手を伸ばしたが、指先でかすかに触れるだけで、胸の奥に違和感が走った。

 ――何かが、ここにいる。


 ドアの向こうから、微かな気配がした。

 音ではなく、圧のような存在感。

 紅は振り向いたが、そこには誰もいない。


 昨夜の子供たちの声が、耳の奥で微かに残っていた。

 温もりと懐かしさと、胸を締めつける痛み。

 それを抱えたまま、紅はため息をつき、今日も水を迎える準備をした。


 ドアが開く。

 「おはようございます、紅さん」

 水だった。

 昨日よりも表情が硬い。目が何かを見透かすように紅を見つめる。


「……今日は、何かあったのか?」

 紅は思わず聞いた。


「……うん、少しだけ。昨夜、押入れや天井裏で……誰かがついてきている気がしたんです」


 紅の胸がざわついた。

 その瞬間、机の上のペンが少しだけ揺れた。

 振り向くと、やはり誰もいない。


「……また、感じたんですか?」

 紅は言葉を選びながら聞いた。


「ええ。悪い気配……みたいなものです。紅さんにも、見えているんじゃないでしょうか」


 紅は首を傾げる。

 ――見えている、のか。

 でも、それを確かめる手段はない。


 夕方。

 紅は水と一緒に街を歩いた。

 落ち葉が舞い、街灯が揺れる。

 しかし、どこか背後で気配が追ってくる。


 紅の肩に、かすかに触れるような冷たい風。

 振り返っても、誰もいない。

 水がそっと手を握る。

 「急ぎましょう。ついてきているかもしれません」


 二人は走った。

 街路樹の間を抜け、路地を曲がる。

 紅の胸は痛いほど高鳴り、足は自然に速く動いた。


 路地の角を曲がると、黒い影が一瞬だけ紅の視界を横切った。

 手に触れるようで、しかし空気だけが残った。


「……感じました?」

 水が息を切らせながら聞いた。


「……ああ」

 紅も答える。

 胸の奥に小さな恐怖と懐かしさが混ざり、頭がぼんやりする。


 事務所に戻ると、机の上に小さな紙切れが置かれていた。

 「――逃がすな」

 赤い文字で、そう書かれている。


 紅はそれを握りしめ、ゆっくり息を吐いた。

 胸の奥で、小さな違和感が確かに動いている。

 ――これは、ただの幻覚ではない。

 確かに、何かが迫っている。


 水がそっと肩に手を置いた。

 「紅さん……大丈夫。私がいますから」


 紅はうなずく。

 胸の奥で、温かい何かがじんわり広がる。

 それでも、背後の気配は消えない。


 ――思い出せ、紅。

 誰が、何が、俺を追っているのか。


 夜の闇は静かに迫り、事務所を包み込んだ。

 紅の目は、揺れる影を追いながら、固く決意を握りしめていた。

読んでいただきありがとうございます。

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