表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/8

第7節 町の時代

第7節 町の時代



 朝の陽が少しずつ登り始めた商店街に、夏の熱気がゆらゆらと揺れはじめていた。アスファルトに映る電柱の影が伸びて、交差点の角を差している。


 坂本誠一は、店先の風鈴が鳴る音に背を押されるように、いつものくわえたばこの煙が目に染みたのか片目を閉じながらゆっくりとたんぽぽ屋のシャッターを開けた。




「また一軒、閉めたらしいな。クリーニング屋の吉田さんとこ」


隣の床屋の親父が、夕方のラジオを小さく流しながらぼやくように言っていたのは、ほんの数日前だった。


 町の通り角にある、そのクリーニング屋。かつて誠一が学生の時分に初めてのボンタンズボンを持ち込んでいた場所だ。店主の吉田さんは、白髪交じりの口ひげを撫でながら、

「ここ、もうちょっとシャキッとしとくか?」なんて言ってくれたものだった。


そんな人の声も、アイロンの蒸気音も、今はもう耳に残ってるだけだ。無言のシャッターが、町の変化を淡々と物語っている。


「また、ひとつ…か……」


 誠一は小さく呟いた。坂本家が営む「たんぽぽ屋」は、この町では数少ない“まだある”店になってしまった。変わらないように見えて、じわじわと町は姿を変えている。人もいなくなる。家も変わる。町の名前だけが、変わらず残っている。







 誠一は外のベンチに座っている涼太の姿に気づいた。カバンはない。サンダルに麦わら帽子。明らかに平日の昼間を歩く学生ではなかった。


「おう、暇なのか?」


「……うん」


 涼太は、わかってるけど、と言いたげな顔で苦笑いした。


 誠一は怒りもしないし、咎めもしない。涼太を店の中へ招いた。ただ、冷えたラムネの栓を抜いて差し出した。コポッという炭酸の泡が、沈黙をやわらかく包み込む。


「勉強も、なにも、暑さには勝てんよな」


「うん……」


 涼太は一口ラムネを飲むと、ラムネのビー玉を見つめた。なにかを探しているような視線だった。


 その時、入口のガラガラという建て付けが悪くなってきた引き戸を無理やり開ける音とともに、おぅ!と雑な挨拶が店内に響いた。


「おーい、まだ潰れてねーか? たんぽぽ屋!」


 がっしりした体格の男が、真っ黒に日焼けした腕を振りながら入ってきた。


「修二か」


「2週間ぶりか?」


 修二。誠一の高校の同級生。学生の時だけか現在もなのか喧嘩っ早くて、良くも悪くもまっすぐなやつだ。けれど、どこか憎めない性格で、誰とでも仲良くなる不思議な魅力があった。誠一の夢をはじめて打ち明けたのも修二だった。


「なんだよ、お前……急にどうした?」


「いやぁ、今の現場が近くでなぁ。まあ、ついでだ。…あれ?今日は平日だぞ。サボりか、坊主。」


 修二の目が、涼太に向けられる。涼太は少し身を引いた。圧のある大人に慣れていない表情。

 おそらく、誠一の知っている、そして存命な人物の中でも対照的とも言える2人が出会ってしまったかもしれない。


「涼太です。……最近よくきてる」



(お?自分の名前を…?)



「ふーん……、涼太か。暇そうだな。…よし!今度の祭りの縁日、俺と一緒に手伝えよ!」


突然の指名に、涼太は目を丸くした。


「え……ぼくが?」


「そう!俺も今度の祭りでたんぽぽ屋を手伝うんだけどよ。お前も来いよ!」


 修二は笑って、涼太の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。



「おいおい、勝手に…」


「なんだよ、こいつのバイト代は俺が出すよ。これで文句ねーだろ。」


「修二、そういうことじゃなくて…」





強引で、でも不思議と嫌な感じがしない。

…誠一にとっては。


親父ほどの歳が離れた、こんなガサツなじじぃに一方的に決められるのはとてもいいものとは思えない。



「…いいの?」


しかし、意外な返事が聞こえてきた。涼太にとっても最初こそ戸惑っていたが、その人懐っこい目とぶっきらぼうな口調に、どこか惹かれているようだった。



「ああ?いいに決まってるだろ。誠一、こいつ借りるぞ」



「え?あぁ…別に俺に許可なんかいらねえよ。俺も助かるし。涼太が嫌じゃなきゃな」


「…やってみたいかな」


「そうか、ならちゃんと親にも伝えてこい。親御さんにとって大事な息子を預かるんだからな。それができなきゃこの話はなしだ。」


 …涼太は少し考えてから、小さくうなずいた。熱が冷めないうちと思ったのか、そのまま家に帰り、話すことにするそうだ。

 帰り際、学生の時散々みてきた、まっすぐで、怖いものなんて何もないみたいな修二の目がうつったような眼差しで、そして膝を震わせながら家に帰って行った少年の後ろ姿を見ながら



「いい子だな、あいつ。」



「あんなに話せるようになったのも最近だよ。……でも、どこか懐かしい感じがする」



「そりゃ、お前……俺らも昔、あんなだったろ?目の前のジジイ2人をぶん殴らないだけ立派だよ。」


誠一と修二は同時に笑った。



高校の頃、バイクを走らせた先でラムネを飲んで、駄菓子を片手に夢を語ったあの日々が、一瞬、重なる。


…誠一は、まだ修二という存在がいただけ幸せかもしれない。




 外では蝉が鳴き続けている。熱風の中で、変わらないように見えるたんぽぽ屋の中に、また新しい何かが芽吹きかけていた。



「うちは、まだ……消えることはできないな」






 数日後夕方、親の許可をもらった涼太が初めて自分でラムネを買いに来た。





※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。

※文章の無断転載・転用・コピーはご遠慮ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ