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別に好きじゃない、と少女は困惑した

 アーベンドルク家では常に全てが最高な物に囲まれている。国内一と言われるシェフも、どの家からも誘われるような優秀な人材も、基本的には金払いの良い家を働く場所に選ぶ。加えてアーベンドルク家は環境もいい。上から目線の人間もいない。


 だからこそ常に完璧なものが揃っている。選び選ばれているのだ。


 アーベンドルク家の人間はそれを理解した上で、新しいものへの価値を見出すことも得意だった。

 ルーナもその一人で、素晴らしい物にはもちろん惜しみなくお金を差し出すが、安いからと価値がないと判断することもない。

 だからこそ、どの家で出される食事もそれぞれ楽しみ、平民の水準も自然と受け入れることが出来る。


 けれど、それを理解せずに当然と思っていたヘイリットにとっては、全てがイマイチとしか思えない物になっていた。

 侯爵家での食事は貴族として決して低いレベルの物では無いのだが、アーベンドルクという高すぎる理想を当たり前、普通だと思い込んでいるヘイリットには耐えきれなかった。慣れ親しんだ味を求めるのは当然のことだ。


 そんなヘイリットの感情などもちろん知らないルーナは、アーベンドルク家がオーナーの通い慣れたレストランの入口で首を傾げた。

 待ち合わせには少し早いが慣れ親しんだ店だからとゆったりと歩みを進めていれば揉めたような声が聞こえてきたのだ。

 この店は上流階級層の客が多いため争いごとというのは珍しい。


 一体何事かと近づいてみれば支配人と向き合っているのは知っている顔でルーナは再び首を傾げた。


「ご予約はされていらっしゃいませんよね?」

「していないが」

「申し訳ございませんが本日は満席でございまして」

「いつもの席でいい。ほら、あそこの。一番人気のない席でいつも空いている。今日も人はいないんだろう?」

「あそこは当店で一番眺めがよく、一番良いお席となっております。当レストランのオーナーであるアーベンドルク様の特等席となっておりまして、あの席の利用には数年待ちのご予約になります」


 元婚約者がいる、と気づいてルーナは足を止めていた。自分が出ていった方が面倒なことになるかもしれないと思ったからだ。

 様子見だと立ち止まって話を聞いていたが、やはり彼は何も理解してはいなかったんだろうな、と指し示された席に視線を向ける。


 高台の上、突き出すように配置された半個室の空間は、けれど周りからはさりげなく視界を隠されているような構造で特別な雰囲気が味わえる。

 ヘイリットが両親と定期的に会って食事をする時には自由に使えるように、とルーナが話を通していた。


「予約って、今まではそんなこと無かっただろう」

「先日までのあなた様はルーナお嬢様の婚約者でございました。お嬢様からはくれぐれも良くするように、と申し付けられておりましたので。ご両親と一緒にゆっくりできる貴重な時間なのだから気を使ってあげてほしいと。ですが今のあなた様はお嬢様とは何の関係もない御方なので、アーベンドルク様のお席を使う権利はございません」


 そこまで話を聞いて、ルーナは再び足を踏み出した。コツと細いヒールの音が小さく響く。

 シンプルだが、最高級の宝石をわざわざ砕いて全体に散りばめているという贅沢すぎるドレスの裾がひらりと揺れた。


「支配人」

「ルーナお嬢様!いらっしゃいませ。直ぐにいつものお席にご案内致します」


 少し慌てて、しかし慌ただしさはなく、優雅に案内を呼ぼうとする幼い頃からの顔見知りである支配人に、ルーナは微笑みながら首を横に振った。


「今日は別の席で予約してるの」

「ですが本日お名前はなかったかと……」


 予約ミスかと顔を青くする支配人に、ルーナは再び首を振って否定した。


「予約したのは私じゃないのよ」

「ああ、なるほど、そうでしたか!それは大変失礼いたしました。是非お楽しみください」


 優秀な支配人は一瞬で予約の一覧を頭に浮かべたのだろう、なにかに気づいた様子で満々の笑みをルーナに向けた。


「ええ、そうさせてもらうわ」


 まるで両親のような笑顔だ、と少しばかり気恥ずかしくなりながらルーナもにこりと笑って頷いたところで、呟かれた自分の名前に意識を向ける。


「ルーナ?」


 揉め事があったから間に入るつもりだったのだ、とルーナは忘れかけていた元婚約者とその恋人である少女に「こんばんは」と向かい合った。


「君の嫌がらせ、なのか」


 呆然と呟かれて、ルーナははてと頬に手を当てる。


「嫌がらせ?なんのこと?」


 何一つ嫌がらせなんてした記憶が無い。それは婚約者であった頃も、そして関係が終わってから今までも。


「君は僕のことが好きだったんだろう」

「え?いいえ?なぜ?」


 今度はルーナが唖然とする番だった。

 一体どこからそんな話が飛びててきたのか。


「強がらないでくださいっ」


 いつだったかルーナに啖呵を切ってきた平民の少女までも勘違いをしているらしい様子に、ルーナは困ったように首を捻るしかない。


「どうしてそう思うの?」

「だって彼より素敵な男性は見たことがありません。未練があるのでしょう」

「まあ、確かに顔はいいわね」


 ヘイリットは見た目だけで言うならかなり整っていると言えるだろう。女性からは常に憧れの視線を向けられていた。だからこそ余計に自らの意思と反して決められたアーベンドルク家との繋がりを嫌っていたのだろう。


「でも、あなたには最上級なのかもしれないけど、私としては容姿がいいだけなら他にいくらでもいるのよ」


 ヘイリットの容姿は素晴らしいが最上級では無い。国で大陸で何番目か、とは言えても一番では無い。ルーナにとってそれだけで恋に落ちる理由にはならなかった。


「君は僕のことが好きだったから無理やり金で婚約したんじゃ……」

「そんなまさか」


 そういう勘違いをされていたのか、とルーナはどこか腑に落ちた気がした。彼にとっての買われた、とルーナにとっての買った、は僅かに、そして決定的にすれ違った認識だったらしい。


「だが、婚約を結ぶ前に君は僕を見て素敵だと言っていたじゃないか」


 言われてルーナは考えた。必死に思い出せばたしかにそんなことを言ったかもしれないと幼い頃の記憶が浮かぶ。


「……綺麗な顔だわ、とは言ったかもしれないけど。そこにあるものに感想を言っただけのことよ」


 綺麗ね、可愛いね、素敵ね、思ったことは口にしているが、好きだと異性に向かって言ったことは無い。褒め言葉だけならヘイリット以外にも言われた男性は少なくは無いだろう。

 アーベンドルク家に政略は必要ないからこそ恋愛結婚を続けているが、ルーナには別に好いた相手なんて居なかったし、だからこそヘイリットとの婚約が成立したのだ。


 純粋にルーナがヘイリットに恋していたならば、この関係はもっと別の形になっていたはずだ。


 恋愛結婚が基本のアーベンドルクだからこそヘイリットも周りも、ルーナが必死に追いかけているように思われていたのかもしれない。

 王族からの婚約の打診もあっさりと断っているルーナだからこそ、その婚約者になったヘイリットには余程の想いがあるのだろう、と。


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