液体金属の軋む音が聞こえる
『絶対に単独行動は回避する事』
AWVの教練で口酸っぱく教官が繰り返していた発言だ。
導入当初、俺はこの珍妙な4脚のビークルに乗るのはあまり気が進まなかった。しかし今じゃ陸戦において無くてはならない存在となりつつある。俺自身、まだ生き残っている事が何よりその能力を証明している。
「間もなくポイントマーキュリー、ここから単独行動の準備をしてください」
牽引して来たATVのドライバーが車輌を停め連結を切り離す。
「アルファ小隊は10時方向1km先の茂みでアンブッシュ中、伍長、ご武運を」
ドライバーはそう言葉を残し来た道を戻っていく。この先の山岳地帯はコイツの歩行モードでしか進めないエリアだ。
まず事前の所定通り到着の無線を入れる。
「本部、こちらリコー。ポイントマーキュリー到着。行動を開始する。アウト」
この無線は片方向であり、この一報を受けて空軍の攻撃機部隊、ワイルドウィーゼル御一行が巣から飛び立つ手筈になっている。
今回の任務は敵の対空レーダーの破壊。──本来、敵勢力圏まで地上から攻めるような場所では無いが、空軍の参謀はマルチスタティックレーダーとやらに自慢のステルス機を探知されるのが怖いようで。
あらかじめ一部のレーダーを破壊、探知精度の低下を図ってから航空機によって残りのレーダーとSAMサイトを破壊する算段らしい。
陸が今回のようなジョーカーを引くのは珍しい事じゃ無いが、成功すれば此方の恩恵も大きい為に今回の共同作戦となった訳だ。それに奇襲を担うアルファチームは優秀なコマンド部隊で、既に幾つかの作戦を成功させている。
なのでここからは時間との勝負、作戦機が交戦エリアに到達するまでに目標を無力化しなければならない。
基地を奇襲し、レーダーに爆弾を仕掛けるのがアルファチームの役割。その間の援護と脱出までの時間稼ぎというのが俺がブリーフィングで与えられた任務内容だった。
合流地点に近付くと姿勢を低く保つ、アルファの少し後方で崖の窪みに収まり隠れられる場所を確保した。ここでミリ波通信の回線を開く。
「こちらリコー。アルファチーム、応答を願う」
「アルファチーム。リコーどうぞ」
「配置に着いた、状況報告を乞う」
「小隊長のワンゲルだ。目標より南西30m、手を伸ばしたら届きそうな位置に着けている。現在スカウトのドローンが歩哨のマーキングを実行中だ。彼女の連絡を待て」
スカウトは俺と同種の機体に搭乗するが、妨害装置は装備せず代わりに偵察機材と狙撃兵装を搭載し、奇襲の支援を担当している。
「こちらエンジェル、マーキング終了、位置をアップリンクした」
コックピット前面のマルチファンクションモニターにマップと敵の位置、人数、推定脅威度が表示される。C4i技術の発展で戦場の可視化が進み情報が手に取るように分かる。襲撃するアルファチームの数は僅かに4人、一方敵勢力は大凡十数人規模であった。しかし此方にはスカウトの支援がある。彼女の機体は反対側の尾根に居ると思われるが、こちらから一切確認出来なかった。IIRセンサーにも感知されない見事に完璧な偽装を施している。
「よし、こちらワンゲル。突入は予定通りレーダーから西側のテント裏から行う。脅威度の高い機関銃手の排除はエンジェル、陽動はリコーが担当しろ。」
アルファチームが慎重にテント裏に移動する。ここで焦っては全てが台無しだ。エンジェルの方は狙撃態勢に移行し、僅かだが50口径の銃身が確認出来た。
そんな慎重且つ素早く移動するアルファに接近する歩哨が一人居た。
「リコーよりアルファ。敵兵一人接近、2時方向、距離12」
ワンゲルが停止を指示する。見過ごす事も出来たが、迫るタイムリミットにより排除を選択したようだ。
ワンゲルは携帯のマナーモードを鳴らして近くに投げる。
古典的だが見事に釣られたその兵は視界の端から忍び寄る暗殺者に気が付かなかった。口を押さえながら脇腹を数回刺突され瞬く間に無力化された。
「アルファリーダーより各員。作戦開始」
号令と同時にエンジェルが射撃を開始、まず基地入り口付近の機関銃手の頭が吹き飛ぶ。状況に気付いた近くの見張り兵は敵襲来を告げる。
「リコー、EA開始」
俺は同時にジャミングのスイッチを入れ、敵の無線封鎖と自爆ドローンの妨害を行う。アルファはエンジェルと共に的確な基地制圧を続け、既に残存勢力は半数以下にまで落ち込んだ。
ここからチームは二手に分かれる。リーダーともう一人がレーダーに爆弾を設置し、もう片方の分隊がテント内に設置される情報端末に向かった。
「リコー、こちらアルファ3。コネクタを接続した、任せたぞ」
モニターに敵データリンクの認証コードが表示されている。ここに無線通信でウイルスを流し込む事で敵の通信アンテナが偽情報を発信する強力な電波妨害装置と成り替わるわけだ、短時間ではあるが戦術データリンクを機能不全にする事が出来る。味方の生存率が上がり空軍の作戦もしやすくなるという寸法である。
「アルファリーダー、C4設置完了。離脱に移行する」
敵残存勢力はエンジェルの射線から逃れつつ態勢を立て直し、アルファに対する応戦態勢を整えていた。しかしここまで何も行動していない俺の存在にはまるで気付いて居なかった。
すぐさまガンモードに切り替え狙いを定める。スカウト程の重火器は装備していないが、それでも7.62mm機関銃の威力は纏まった1個小隊を殲滅するのに十分な火力を有している。
最後の一兵を仕留める頃にはアルファチームは退去していた。そしてC4が起爆しレーダーのアンテナが地面に倒れ込む。正直ここまで完璧な作戦である、上手く行き過ぎと言っても過言ではない。俺は心の中で臆病風に吹かれ「何かあるんじゃ無いか」と疑いを抱きつつ、所定通り双方向通信で作戦成功の伝達をする。これで空軍の防空制圧が滞り無く進む筈だ。
「リコー、こちらワンゲルだ。ミッション終了、支援に感謝する。そう言えばお前、エンジェルとはまだ対面してなかったよな?良い事教えてやる、彼女は俺がこの戦場で会った中で一番の美人だぞ」
「それは楽しみだアルファリーダー。IFVで落ち合おう」
俺が帰還のルートを確認していた時である。
尾根の裏側から姿を現した機影。そして辺りに鳴り響く重低音のローター音、拡大ズームで確認した機体にはロケット弾とATMがどっさり。間違いない、敵の応援に来た攻撃ヘリだ。
「本部!リコー。緊急事態だ、未確認攻撃ヘリが出現。こちらに向かって来ている」
「こちら本部、現在こちらのモニターも確認しているが敵の迎撃機が想定以上に多い!味方の戦闘機部隊が交戦中だが詳細が判明し次第指示を送る!」
そんな時間は無い。事前の情報に無かったあのヘリは、恐らく古い鉱山のトンネル等に隠蔽されていた物だろう。
敵の参謀はこの事態を予測していたとでも言うのか。
「リコー、こちらワンゲルだ。生憎MANPADSは持ち合わせてないが、今対処法を考えている」
「……いや、ワンゲル。予定通り帰還しろ、殿は俺の役目だ」
「……分かった、後で会おう」
通信をこちらから切断する。スカウトは先んじて合流ポイントに向かうフローなので、彼女の安全については心配の必要は無い。
ガンシップは手始めにウイルス汚染された自軍通信施設をミサイルで破壊、結果ジャミングを続けている俺の存在が丸裸となる。
アルファを逃がすという当初の任務としては囮に徹する事が出来るが、控え目に言って逃げ切れるような相手では無かった。
機体を捨て隠れてやり過ごすか?ここから徒歩でランディングゾーンまで移動となると丸一日は掛かる。敵の警戒態勢が強化されたらさらに数日。そんな事を考えながら俺は機体から離れる準備をしていたら、見知らぬ周波数からコールが掛かった。俺はとりあえず通信を試みる。
「……こちら第93遠征航空管制隊所属機ジュニアホーク04。貴機のエマージェンシーを受け取った。現在当該エリアで支援に向ける航空隊を捜索している」
無線の相手は今現在、迎撃管制で忙しいであろうAWACSのオペレーターだった。俺にとっては救いの女神だが依然として雲行きは怪しい。
「クソっ!──当該空域で作戦中の戦闘機隊は何れも燃料弾薬共に欠乏。予備部隊、海軍空母艦載機にも声を掛けてるが時間が掛かりすぎる…… リコー、今そちらの現状を報告して欲しい、どのくらい耐えられる」
「あー、現在EA実施中、残存電力が少ないがAPUを始動するのが難しい状況だ…… ローター音が近付いてきた、俺はそろそろ機体から離脱する。救援部隊の手配は頼んだよ、ありがとう」
通信が終わろうとしたその時、一つの航空隊が割り込んできた。
「こちらワイルドウィーゼル1番機、SEADを終えて帰投中だったが強襲チームの危機により戦線復帰した!」
これを聞いたジュニアホークが戸惑う。
「貴機は対空兵装を持ち合わせていません、機銃で戦闘するのは危険過ぎます」
「ジュニアホーク。やりようはまだあるぞ、今GPS誘導で目標機に対してペイブウェイを投弾した!良いか?皆がお前の事を心配している。チャンスはこの一発だ、確実に決めろ!それでは燃料が厳しいので帰投する。幸運を祈る」
データリンクに新たな情報が追加された、広域マップにこちらに向かってくる誘導爆弾が表示されている、着弾までは約T−30秒。この爆弾はセミアクティブレーザー誘導、つまり終末誘導をこちらが行う必要がある。
俺は急いでレーザー照射の準備をした。タイミングが重要だ、早過ぎると敵に姿を晒す時間が長過ぎて攻撃を受ける、遅すぎると爆弾が軌道修正する猶予が足りない。
着弾する10秒前に照射出来るよう見計らった。俺からヘリの距離は約300mと言った所か。
そろそろ誘導を開始する時間だがガンナーがずっと俺の方向を見ている。俺は敢えて機体をそいつに晒した、ヘリの機銃ターレットがこちらに指向する瞬間を俺は奴の目に向けてレーザーを照射した。
ガンナーは目を隠して仰け反る、その時トリガーを引いたのか発砲炎が見えた。
俺はその時一瞬自分の死を確信したが。ヘリのガンナー目線と連動する照準システムにより僅かに弾丸が横に逸れた。
その風切り音が俺の鼓膜を貫いた時。近接信管が作動し500ポンドの爆薬が起爆した光が敵の機体を包み込んだ。
木っ端微塵に爆散するヘリコプターの放つ炎に安堵する俺。理論上は可能とされていた精密誘導爆弾による航空機撃墜記録である。
「本部!こちらリコー、やった!!やったぞ。敵のヘリを撃墜した!ワイルドウィーゼル機に感謝を伝えてくれ!」
「こちら本部。敵勢力排除を確認!付近に残当勢力は無しだ、今すぐ帰投しろ、これは命令だ!」
合流ポイントに急ぐ。APUを起動した事でバッテリーが復旧したが、まさか先に帰られたんじゃないかと不安もあった。しかしそんな心配は杞憂に終わった。
「ゴーストリコーが帰ってきたぞ」
IFVはまだそこに存在しアルファチーム全員が出迎えてくれた。
「伍長。必ず生還すると信じていました。──本当に良かったです……」
チームの中に一人、少し小柄でメガネを掛けたポニーテールの女性が涙を流し俺を歓迎してくれた。
なるほど、エンジェルの名前は伊達じゃ無かった訳だ。