二度目の、女の子生活
「みう、昨日は邪魔が入って最後まで話せなかったけど、私――待ってるから」
登校して教室に入るとすぐ、私は昨日の続きを伝えたくて、みうのもとへと歩いた。
みうは少し驚いた顔をしたあと、恥ずかしそうに笑った。
「叶、ありがとう……ごめんね、昨日は」
「気にしなくていいのよ」
「ありがとう」
いつもの、少し照れた笑顔。昨日の屋上で言えなかった言葉は、まだ胸の中にしまってあるけれど、それでも今、ちゃんと気持ちは伝わっている気がした。
その時、ガラッと音を立てて教室の扉が開き、先生が入ってきた。
「昨日、屋上に出入りしていた生徒がいたようだ。屋上は危険だから、勝手に行かないように」
その一言に、教室内が少しだけざわめいた。
「はい!」
一斉に生徒たちが返事をする中、私は小さく肩をすくめた。あのタイミングであの用務員のおじさんが来るなんて、ついてなかったなぁ――
「なんか、寒くない?」
ふと、みうの方を向いて言った私の言葉に、彼女はくすりと笑った。
「叶ったら、まだ夏休み前だよ?」
「そうよね……」
そう、まだ7月のはずなのに、空気がやけに冷たい。それに――今朝から、身体の芯がずっと震えているような気がする。
「叶、次は体育だよ」
「……うん。着替えに行こっか」
気のせいだといいな、と思いながら私は立ち上がり、みうと一緒に更衣室へと向かった。
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「はっくしょんっ!」
「大丈夫?」
制服のボタンを外しながら、くしゃみをした私を見て、みうが心配そうに覗き込んできた。
「今朝から、寒いんだよね……」
「風邪、ひいたの?」
「……そうかも」
だけど、風邪の寒気とは少し違う。もっと別の、懐かしいような感覚――
そう思って、そっと自分の胸元に手を当ててみる。
……あれ?
さっきまで無かったはずのものが、確かにそこに“戻ってきていた”。
「叶?」
「な、なんでもないよ!」
まずい。今、みうの目をまともに見るのは危険だ。
このままじゃ、バレてしまうかもしれない。
「私、先に行ってるね!」
「あ、ちょっと! まだ着替え終わってないじゃん!」
「今日、ちょっと体調悪いみたいだから……先生と相談して帰らせてもらおうかな」
「わ、分かった……お大事にね」
「うん!ありがとう。悪いんだけど、体育の先生に私が早退するって伝えてもらえる?」
「うん、任せて!」
「ありがとう、みう」
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私は職員室に寄って担任の先生に事情を話し、早退することにした。
学校を出て、スマホを取り出し、ある番号に電話する。
『もしもし? どうしたの、かな』
「姉さん! 例の薬、まだある? 効果、切れちゃって……」
『あるけど……また飲みたいの?』
「うん、飲みたい。今すぐ」
『ふふっ、分かった。今、準備しておくね』
姉は笑いながら、いつもの調子で答えてくれた。
帰宅すると、テーブルの上に水と一緒に、小さなカプセルが置かれていた。
「これが、2周目のスタートか……」
私は薬を手に取って、姉の顔を見る。
「明日の朝には、ちゃんと女の子に戻ってると思うよ」
「うん……ありがとう、姉さん」
飲み込んだ薬の苦味は、不思議と心を落ち着かせた。
そして、私はベッドに潜り込み、まどろみの中で考える。
明日も、みうと会える。
ちゃんと、私のことを「叶」として見てくれる、あの笑顔に――。
こうして、二度目の「女の子生活」が始まったのだった。