姉さんの言葉
「ただいま! 姉さん」
玄関の扉を開けると、すぐに声をかけた。靴を脱ぎながら、家の中の暖かさに心がほどけていく。
「おかえり! 早かったね」
キッチンから顔を出した姉さんは、エプロン姿で笑っていた。夕飯の支度中らしく、味噌汁の香りがふんわりと漂ってくる。
「えぇ」
私は鞄を下ろして、リビングのソファに腰を下ろした。私の日常は、ここから始まる。家に帰って、姉さんと他愛もない会話をすること。
今日あったこと、面白かったこと、ちょっと嫌だったこと。姉さんはどんな小さな話にもちゃんと耳を傾けてくれる。
「かな、学校は楽しいかい?」
「楽しいよ!」
そう即答できる自分に、少しだけ安心する。姉さんは満足げにうなずいた。
「それなら良かった。困ったことができたら、いつでも相談したまえ」
「ありがとう」
その一言に背中を押されるようにして、私は意を決した。ずっと胸に引っかかっていたことを、今日は相談してみようと思っていたのだ。
――みうのことについて。
「実は今、悩んでいることがあります」
「さっそくかい?」
姉さんが笑いながら椅子に腰かける。私は少しだけ言葉を選びながら話し始めた。
「最近、学校で何人か友達ができたんだけど……そのうちの一人が、私に友達以上の何かを求めてる気がして」
「なるほど。ふむ……!」
姉さんは腕を組み、思わせぶりな間を置いてから、口を開いた。
「こればかりはどうしようもないな!」
「……ちょっと! なんでも相談しろって言ったのは姉さんでしょ!?」
思わずツッコミを入れると、姉さんは笑いながらも真面目な声に変わった。
「かなよ、確かに私はなんでも相談しろと言った。だが、こればかりは……相手を“待つ”しかないのだよ」
「待つ……?」
私は眉をひそめた。正直、何を言っているのかよくわからない。
「うん。おそらく、相手は叶のことをもっと知りたいんだ。だからたまに、変な態度をとったり、踏み込みすぎたりもする。でもな、それって“興味”があるってことなんだよ」
姉さんは言葉を選ぶようにゆっくりと続ける。
「だから、もし何か聞かれたら、優しく答えてあげな。あとは焦らず、相手の気持ちがちゃんと伝わってくるのを待つだけさ」
「……ありがとう。やっぱり姉さんに相談してみてよかったわ」
私は思わず、頬をゆるめてそう言った。姉さんの言葉は、いつも私の心にすっと届く。
その夜、布団にくるまりながら、みうの笑顔を思い出す。
焦らずに、少しずつ。
それが、きっと――今の私にできる精一杯なんだろう。
そう思ったら、気持ちはずっと軽くなっていた。
やさしい夢が見られそうな、そんな夜だった。