君が歩く、その未来へ
春の風が、優しく頬を撫でる。
「結花ー! そろそろ準備できたー?」
玄関の方から恋の声が聞こえる。
「はーい!」
少女の声が、家の奥から元気に返ってくる。
家の廊下を小さな足音が駆けていく。
リビングで新聞を畳んでいると、靴音を響かせて彼女が顔を出した。
「パパ、髪、変じゃない?」
そう言って照れ笑いをするのは――結花。
もう、小学生になる歳だ。
長く伸びた栗色の髪、恋に似た瞳の奥には、たしかに“僕たちの記憶”が息づいていた。
「似合ってるよ。すごく」
「えへへ。ママが朝からずっと“かわいいかわいい”ってうるさくて……」
「うるさいってなに、それ」
恋が台所から顔を出す。
あの頃と変わらない笑顔。でも、どこか母の風格も帯びてきた気がする。
「だって今日は入学式なんだよ? はい、これ。お弁当。忘れないでね」
「うん! ありがとう、ママ!」
結花がリュックを背負い、靴を履いて、玄関に立つ。
「じゃあ、行ってきます!」
「……結花」
俺は声をかけた。
彼女が振り返る。
「今日から、君は君の物語を歩き始める。
迷ったり、立ち止まったりしても、パパとママは――いつでもここで待ってるから」
結花は一瞬、きょとんとしてから、ふっと微笑んだ。
「うん。行ってくる!」
小さな背中が玄関を出ていく。
その姿が見えなくなるまで、俺たちは並んで見送っていた。
「……大きくなったね」
恋がつぶやいた。
「うん。あの日、君と出会ってから――全部、始まったんだ」
恋が俺の手を握る。
その手の温もりは、あの日の朝と、何も変わっていなかった。
朝日が、まぶしく差し込む。
まるで、あの“変わった朝”の続きのように。
そして今――
結花が歩き始めたこの道の先に、新しい世界が広がっていく。
僕たちの物語は、ここで終わる。
けれど、彼女の物語は、今まさに始まったばかりだ。
(完)
今まで読んでくれた読者の皆様。ありがとうございました。カノンと恋の物語はここまでで終わりとなりますが2人の子供である"結花"の物語はこれからも続いていくことでしょう。




