放課後、伝えたいこと
「叶、放課後。時間ある?」
昼休み明けの教室で、みうは少しだけ緊張した面持ちで声をかけた。窓から差し込む光が彼女の髪をやわらかく照らしている。
その声に振り返った叶は、ノートにペンを走らせる手を止めて、顔を上げた。
「放課後なら大丈夫だけど、なにかあるの?」
「うん、伝えたいことがあって」
目を逸らすように言ったみうの声は、少しだけ揺れていた。
「分かった。ホームルームが終わってからでいい?」
「うん!」
みうは小さく笑った。今までは約束なんてしなくても自然と一緒に帰っていた。でも今日は違う。ちゃんと時間を決めて、ちゃんと伝えなきゃいけない。
そう心に決めて、みうは席に戻った。
「席につけ!授業始めるぞ!」
先生の声にクラスがざわつきを止める。みうは自分の胸の中にある小さな決意を抱きしめるようにして、午後の授業へと集中しようとした。
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「今日はここまで!」
「ありがとうございました!」
「あと2時間で終わりだ!」
時間は、迷っている暇もないほどに過ぎていった。放課後のチャイムが鳴ると、教室の空気が一気に解放される。
「気をつけて帰れよ!」
先生の声に、クラスメイトたちが「はーい」と返事をしながら教室を出ていく。みうも一度深呼吸をしてから、鞄を手に取った。
「さて、私は屋上に向かいますか」
心臓が少しだけ速く鼓動を打つのを感じながら、みうは階段を登っていった。
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屋上の扉を開けると、まだ夕焼けには早い空が広がっていた。軽く風が吹いて、制服の裾を揺らす。
「みう、おまたせ」
背後から声がかかる。振り向くと、叶がいつも通りの表情で立っていた。
「大丈夫だよ!私もさっき来たばかりだから」
ふたりの間に、しばしの静寂。
「それで、話ってなんなのかな?」
叶の問いに、みうは一歩踏み出し、唇を開こうとした——その時だった。
ガチャッ。
突然、屋上のドアが乱暴に開かれる音がした。
「お前ら!ここで何してるんだ」
現れたのは用務員のおじさんだった。煙草を手に持ち、眉をひそめている。
「もう下校時間になってるんだから早く帰りなさい」
「まだ16時ですよ!? どうもこうもないでしょ!」
みうが食い下がるが、おじさんは聞く耳を持たない。
「分かりました」
叶がそう言って、みうの腕をそっと引いた。
「……なんかごめんね。まさか邪魔が入るとは思わなくて」
「いいのよ」
階段を降りながら、みうはふと笑う。
「それで、言いたいことがあるんじゃなかったの?」
「うん……今日、一緒に帰りたいな」
「なによそれ。いつも一緒に帰ってるじゃない」
「……それもそうね」
どこか照れたように笑うみうの横で、叶も笑う。
それはまだ、叶には届かない片思い。
でも、今日も隣にいられる。それだけで、少しだけ幸せだと思えた。