選択を迫る“もうひとりの僕”
目の前にいるのは、かつての“俺”。
男だった頃の姿。
声も、表情も、所作までも――懐かしいはずなのに、今はまるで他人のようだった。
「……どういうことだよ」
俺は声を絞り出す。
これは夢か幻か、それとも現実なのか。
だけど、肌が感じる空気の冷たさや、部屋の匂い、そして彼の存在感は、どうしても作り物には思えなかった。
「僕は、“選ばれなかった可能性”の集合体さ。
君がこのまま“女の子としての人生”を選んだことで、生まれなかった人生が、こうして揺り戻しを起こしてる」
「……選ばれなかった可能性……?」
「もし君が、あの日に戻れるとしたら。
この手を取れば、男だった頃の身体に戻ることもできる。
今の恋との関係は“なかったこと”になるかもしれないけどね」
彼が差し出してきた手は、俺の手とそっくりだった。
温かいはずなのに、なぜかとても冷たく感じる。
「君は“自分の人生を選べた”と思ってるかもしれない。
だけど本当は――“ただ流されただけ”じゃないか?」
その言葉に、胸が刺された。
確かに。
あの日から始まった日々は、戸惑いと受け入れの連続だった。
女として生きるという選択を、完全に自分の意志で選んだと言い切れるかといえば……わからない。
「でも」
俺は、ゆっくりと手を胸に当てる。
「俺はもう、迷ってない。
恋と出会って、彼女と結ばれて、子どもまで授かって……それが流れだったとしても、
俺が選びたいのは、“今の自分”だよ」
“もうひとりの俺”は、ふっと笑った。
「……言うと思った。けど、それで終わりじゃない。
このままでは“君の中に残っている過去の断片”が、彼女や子どもに影響を及ぼすかもしれない」
「影響?」
「選び取ったなら、ちゃんと清算しろ。
“男としての君”の想いも、未練も、過去も――すべて向き合って、手放さなければ、本当には前に進めない」
――次の瞬間、部屋の景色が溶けていった。
気づけば、俺は“あの日”に立っていた。
あの、全てが始まった朝――
男だった自分が、女になって目覚めた、あの瞬間に。
静かに立つ、制服姿の“昔の俺”。
ゆっくりと振り返って、問いかけてきた。
「じゃあ……君は、どっちを選ぶ?」
(つづく)




