揺らぐ境界、告げられる予感
その日は一日中、妙な胸騒ぎが続いていた。
恋のお腹を撫でながら、彼女はゆっくりと話し始める。
「昨日ね、夢を見たの。あの時の私が、あなたに手を伸ばしてた」
「……あの時?」
「まだ、私が“恋”じゃなかった頃の――中身が君だった頃の私」
俺は少し息をのんだ。
あの朝。
目が覚めたら、男だった自分の身体が“女の子”になっていた。
そして、その変化をきっかけに巡り合った恋との奇妙な関係。
その中で恋も、俺も、少しずつ“今の自分”を受け入れて、愛して、選んできた。
だけど、ここに来て――また何かが揺らごうとしている。
「夢の中の私は、泣いてたの。
“ありがとう”って言って、でも“もう一度選べるなら”って……そう言ったの」
「……それって」
「ううん、わかってる。今さら戻りたいなんて思ってない。
でも、あの夢を見てから、ずっと変な気持ちなの。
私たち、ほんとに“このまま”でいいのかなって」
言葉に詰まる。
俺もまた、同じことを思っていたから。
テレビのニュースでは、例の研究所で調査チームが新たな異常エネルギーを発見したと報じていた。
時空の歪み、次元の不整合……専門用語が並ぶ中で、俺の中の直感だけがひとつの答えを導き出していた。
――あの朝の“何か”が、また動いている。
その夜。
外は静かで、風の音さえ聞こえないほどの無音の世界。
俺はふと目を覚ました。
キッチンの方で、明かりがついている。
「恋……?」
寝室を出ると、そこにいたのは――恋じゃなかった。
そこに立っていたのは、かつての“俺の姿”だった。
……いや、“彼”は微笑みながら、こう言った。
「久しぶり。君が“僕”でいたときの記憶、少し借りたよ。
君たちの選んだ未来が、本当に正しいのか――確かめに来たんだ」
息が止まる。
“彼”の瞳の奥に、確かにあの日の“俺”がいた。
「――君は、このままでいいのかい?」
静寂を破ったその問いが、俺の心を深く揺さぶった。
(つづく)




