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朝起きたら女の子になっていた件〜性別を超えた絆の物語〜  作者: 柴咲心桜
第4部 新婚旅行編

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湯けむりの向こうに

 数日後。

 カノンと恋は、緑に包まれた山あいの温泉街に降り立っていた。


 「わぁ……空気、ぜんぜん違う」


 恋が深呼吸して、満ち足りた表情を浮かべる。

 ふだんの喧騒とは無縁の静けさ。川のせせらぎと鳥のさえずりが、旅の始まりを告げていた。


 「ほんとに週末に空いてたのが奇跡みたい」


 「“奇跡の宿泊”って名前でもよかったかもね」


 冗談を言いながら、二人は古風な佇まいの旅館『湯ノ嶺』の暖簾をくぐる。


 「いらっしゃいませ。神谷様と恋様ですね」


 玄関先で女将が迎えてくれる。

 館内は木の香りに包まれ、どこか懐かしく、心がほどけるような空気。


 通された部屋には、畳の匂いと障子越しの光、そして――


 「露天風呂、ある……!」


 部屋の奥、専用の小庭に設けられた小さな岩風呂。

 夕陽が差し込むその湯船は、まるでふたりのために用意されたようだった。


 「……来てよかったね」


 「うん」


 荷物を置きながら、ふたりはそっと手を繋いだ。

 まだ旅は始まったばかり。けれど、ここにはもう――忘れられない思い出の気配が漂っていた。


***


 ふたりは浴衣に着替え、部屋付きの露天風呂に向かった。


 木の扉を開けると、湯気の向こうに岩風呂がぽつんと現れる。

 ほんのり硫黄の香りが漂い、空気には春の匂いが混じっていた。


 「わ……ほんとに貸し切りだ」


 恋が目を丸くする。


 「うん。見て、夕日も反射してる。……最高じゃん」


 カノンが湯縁にタオルを置き、少し照れたように笑う。


 ふたりでゆっくり湯船に浸かると、肌にじんわりと熱が染みてきた。

 心まで解きほぐされていくようだった。


 「ねぇ、カノン」


 「ん?」


 「こうして一緒に温泉に入ってるの、不思議だよね。だって、前は……」


 「……そうだな。男だったからな、俺」


 ふたりは目を合わせて、ふっと笑った。


 「でも、いまは普通に“夫婦”だな」


 「うん。しかも、ママとママ」


 恋はお腹にそっと手を当てる。


 「この子が生まれて、家族が増えるって……まだ信じられない。でも、ちゃんと感じてる」


 「私も。変わったけど、変わらなかったものがある」


 「何?」


 「恋を好きな気持ち。ずっと変わらないし、これからも増えてく」


 その言葉に、恋は頬を赤らめながらうつむいた。


 「ずるいなあ、そういうの」


 「素直に言ってるだけだよ」


 そっと肩を寄せ合い、ふたりはしばらく黙ったまま空を見上げた。


 春の夜風が湯けむりをやさしく揺らしていく。

 世界にはふたりしかいないような、静かな時間だった。


 


 *** 


 


 夕食は部屋で。


 旅館の料理はどれも美しく、箸をつけるのがもったいないほどだった。


 鯛の塩焼き、旬の山菜、土鍋で炊かれた白米、湯葉と豆乳の椀もの――


 「……美味しすぎて泣きそう」


 「ほんと。こんなにゆっくり食べるの、久しぶりかも」


 食後のデザートをつまみながら、恋が小さくため息をつく。


 「帰ったら、ベビーグッズとか見に行こうか」


 「うん。名前も、少しずつ考えたい」


 「男の子だったら? 女の子だったら?」


 「うーん……名前、悩むなぁ。でも、どっちでも可愛いんだろうなって思う」


 「そりゃ、恋の子だからな」


 「カノンの子でもあるでしょ」


 ふたりは見つめ合って笑った。

 ゆっくり、じっくりと育てていく――そんな未来が、確かに見えた夜だった。


 


 その晩、布団に入って手を繋いだまま、ふたりは小さく話をした。


 これまでのこと。これからのこと。

 出会い、戸惑い、決断。そして今、ここにいる理由。


 どんなかたちであっても、二人で紡いできた日々が、未来へと続いていく。

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