気づいていない想い
朝の光が教室の窓から差し込み、いつものように少し眠たげな教室が動き始めていた。
「おはよう! かな」
元気な声と共に、みうが手を振りながらこちらに近づいてくる。その姿を見ると、自然と頬が緩んだ。
「おはよう。みう、昨日は一緒に帰ってくれてありがとう」
「それは、こっちのセリフだよ」
いつものように交わす、他愛のないやり取り。それなのに、教室のあちこちからひそひそ声が聞こえてくる。
「最近、あの二人……仲良いよな?」
「そうかしら? 別に普通に見えるけど」
「いやいや、ちょっと雰囲気違うって」
噂話が私たちの周囲を取り巻いているのを感じた。私は少しだけ眉をひそめ、みうの方を見やる。
「なんか……騒がしいね」
そう口にすると、みうはわずかに困ったような笑みを浮かべ、視線を逸らした。
「そうかな?」
「みうが気にならないんなら、いいんだけどさ」
「……迷惑かけて、ごめんね」
その言葉に、私の心がふと揺れた。迷惑なんて――そんな風に思ったことは一度もないのに。
そのとき、別の足音が近づいてきた。あかりだった。みうと同じ中学出身で、今もよく一緒にいる子だ。
「みう、ちょっといい?」
「……あかり? どうしたの?」
「話があるの」
「うん、分かった」
そう言って、みうはあかりと一緒に廊下の方へと姿を消していった。
「なぁ、かな」
突然、近くにいた男子が声をかけてきた。クラスメイトの中では少し騒がしいグループの一人だ。
「お前、みうのことどう思ってんの?」
「どうって……?」
「はぁ! まじかよ! お前気づいてないのか?」
「おい、それ以上はやめとけよ」
別の男子が止めに入る。どうやら、私が何かを理解していないらしい。
「みうが、どうかしたのかしら?」
「いや、気にしないでくれ。でも……そのうち本人から呼ばれると思うぞ」
本人から……?
私はその言葉を胸の中で繰り返した。みうが、私に話したいことがある――そんな気配が、確かにあったのかもしれない。
「……気長に待つことにするわ」
そう口にすると、クラスメイトたちは何も言わず自分の席へと戻っていった。
朝のざわめきが徐々に落ち着きを取り戻す中、私は窓の外に目を向けた。蝉の声が響き始めた夏の始まりだった。