指輪の約束
日曜日の午後、カノンはひとりでカフェにいた。
恋は午前中から“ちょっと出かけてくる”とだけ言って、どこかへ出かけていた。
「何かあるのかな……」
カノンはカップの底を見つめながら、胸の奥のざわめきを押し殺していた。
──恋と話し合った夜のことが、何度も頭をよぎる。
「その時が来たら、結婚してください」
あの言葉を交わしたとき、自分の中で何かがはっきりした気がした。
「私……ほんとに恋と、家族になるんだな……」
それは、思ったよりも怖くなかった。
むしろ、不思議と“しっくり”きていた。
***
その日の夕方。
カノンが帰宅すると、リビングには誰もいなかった。
けれど──テーブルの上に一通の手紙と、白い小箱が置かれていた。
***
> カノンへ
今日、少しだけ早いけど、私からの“約束”を形にしたくて。
ちゃんとした指輪でも、ブランド物でもないけど、
自分の手で作りたかった。
カノンが「ずっと一緒にいたい」と言ってくれたとき、
私も「この人と家族になりたい」と思ったよ。
だから、受け取ってくれたら嬉しい。
***
カノンは手紙を胸に抱え、小箱をゆっくり開けた。
中には──温かみのある、細い銀の指輪が一つだけ。
溶接の跡が微かに残っていて、不格好な丸。
でもその不器用さが、恋らしかった。
「……バカだなぁ……もう……」
カノンは涙をこぼしながら、それでも笑っていた。
***
その夜。
「ただいま」
玄関から恋の声が聞こえる。
カノンはリビングの照明を落として、キャンドルの灯りだけをつけていた。
「おかえり」
「見た?」
「……うん。泣いた」
「……泣いたのか」
「でも嬉しかった。世界で一番嬉しい指輪だった」
恋が照れくさそうにうつむくと、カノンがそっと手を伸ばした。
「これ、私の左手。薬指。入れてくれる?」
恋は小さく頷き、手のひらに触れる。
「じゃあ、カノン──改めて」
ふたりは、そっと目を合わせた。
「私と、結婚してください」
カノンは涙をこぼしながら笑って、はっきりと言った。
「はい。喜んで」
恋はその指に、銀の指輪を丁寧にはめた。
サイズはぴったりだった。
そしてそのまま、カノンをそっと抱きしめた。
「これが、“指輪の約束”だね」
「うん……幸せだよ、恋」
***
それはまだ、法的にも世間的にも“正式”な婚約ではなかった。
でも、ふたりの心はもう、間違いなく家族になっていた。




