些細な喧嘩と確かな絆
朝、キッチンからジュウッという目玉焼きの音が響いてくる。
カノンはエプロン姿でトースターにパンを差し込みながら、寝ぐせだらけの恋を振り返った。
「おはよう、恋。……髪、すごいことになってるよ?」
「……うーん、あと5分だけ寝させて……」
「ダメ。朝ごはん冷めちゃうよ」
カノンは苦笑しながら皿をテーブルに並べた。
それがふたりの、初めての“朝”。
恋がようやく椅子に座ると、カノンが差し出した目玉焼きを見て首をかしげた。
「え、これ半熟……じゃない?」
「うん、そうだけど?」
「……私、目玉焼きは固焼き派なんだけどなあ」
「え、そうなの!? ごめん……」
「いいけど……っていうか言ったと思ったんだけど」
「初耳だよ……」
言葉が少しだけ冷たくなってしまったことに、お互い気づいていた。
沈黙が落ちる。
「ごめん……私も気をつけるね」
カノンが小さな声で言うと、恋は少し気まずそうに笑った。
「こっちこそごめん。朝から嫌な言い方だった」
ふたりとも、ふっと笑い合う。
***
朝食のあと、洗濯機の音が部屋に響く。
恋が洗濯物を干している間、カノンは掃除機をかけていた。
するとまた、些細なことでぶつかる。
「ねえ、バスタオルって一緒に洗って大丈夫だったっけ?」
「それ、分けて洗う派なんだけど……」
「あ、そうなんだ……もう回しちゃった」
「……ううん、いいよ。次から気をつけよ?」
表面上は笑顔だった。でも、胸の奥にほんの少しの「ズレ」が残っていた。
***
夕方。沈んだ気持ちのまま、ふたりは別々のことをしていた。
そんなとき、カノンのスマホが鳴る。
──ママからのLINEだ。
> 「喧嘩した?最初の同棲ってそんなもんよ」
カノンは思わず吹き出す。
まるで監視されてるみたいだ。
そのあとに続いたメッセージ。
> 「気を遣いすぎず、自分の気持ちもちゃんと話すのよ」
「……そっか」
***
夜、ふたりはベランダでアイスを食べながら並んでいた。
気まずさは残っている。でも、どちらも逃げなかった。
「恋、ごめんね。私……全部合わせようとしてた」
「私も……気を遣わせすぎてたのかも」
「本当は、朝の目玉焼きも……ちょっとだけショックだった。言い方が冷たくなっちゃったの、自分でも分かってた」
「……そっか。でも私、固焼きの目玉焼き作る練習する」
「じゃあ、私もバスタオル混ぜて洗うの、少しは慣れるようにしてみる」
ふたりは顔を見合わせて笑った。
カノンがそっと、恋の手を握る。
「ねえ、恋。もしこれが“結婚生活の準備”なら……最初から完璧じゃなくていいよね」
「うん。ぶつかって、話して、笑って。それがきっと、私たちのかたちなんだと思う」
そうしてふたりは、少しだけ強くなった。




