6月、放課後の交差点
6月27日、放課後。
初夏の陽射しが、プールサイドの水面にキラキラと反射していた。
私たちは、クラスメイトの一人が泳げないということをきっかけに、放課後に自主的な水泳練習を続けていた。誰が言い出したわけでもなく、自然と「じゃあ、みんなで教えよう」という流れになって、もう一ヶ月になる。
「水泳って、難しいけど楽しいわね」
私がそう言うと、隣でゴーグルを外していたみうが笑顔で頷いた。
「うん。うまく泳げるようになると、気持ちいいよね」
夕陽の中で笑うその顔は、びっくりするくらい、きれいだった。
***
一ヶ月後――
「体育祭が近づいてきた」
ホームルームで先生がそう告げると、教室の空気がざわめき立った。
「来週から準備や集まりの時間が増えるから、午後は体育祭の準備期間に充てる。そのつもりでいてくれ」
「はーい!」
あちこちから「楽しみ!」「リレー出たいなー!」なんて声が上がる。先生は、そんな様子を見ながら軽く咳払いして続けた。
「明日の昼休みに、団を決めるくじ引きを行うから、休むんじゃないぞ!」
「はいっ!」
大きな返事が一斉に響いたあと、先生はにやりと笑ってから教室を後にした。
しばらくすると、女の先生――数学の授業担当の先生が入ってきて、淡々とした口調で「皆さん、おはようございます」と告げた。
「おはようございます」
静けさが戻り、数学の時間が始まる。だけど、どこかそわそわしているのは、やっぱり体育祭が近いからだろうか。
「それでは号令」
「ありがとうございました!」
授業が終わり、放課後。
「じゃあねー!」
「さよならー!」
帰り支度をするなか、後ろから声がかかった。
「かな、一緒に帰らない?」
みうだった。
「いいわよ」
「やった!」
本当に嬉しそうに笑うみう。その笑顔を見ると、私まで少し顔が緩む。
***
夕暮れの帰り道。蝉の声にはまだ少し早く、風が涼しく頬を撫でていく。
「ねぇ、かなってさ、好きな人とかいる?」
突然の質問に、私は少し足を止めそうになった。
「いないわよ」
この手の質問をされたのは、初めてかもしれない。
「そっか……よかった」
「……よかった?」
「いや!? なんでもないの!」
明らかに慌てたようにみうは笑い飛ばしたけれど、その目は私を見ていなかった。
「そう? ならいいんだけど」
本当は、「なんでもない」って言葉ほど、気になるものはないのだけど――。
「私、こっちだから。また明日ね!」
「うん、また!」
手を振って別れた後も、私は少しの間、立ち止まっていた。
やっぱり、みうの様子は、どこかおかしかった。
私の答えに「安心した」ように見えた、あの表情。
あれは、ただの気のせいだったのかしら――。
風が少し強く吹いて、私の制服の裾が揺れた。
夕暮れの交差点に、みうの背中はもう見えなかった。