三賀日と、旅立ちの朝
【一月一日】初詣とクレープと、少しの秘密
新しい年の朝。空気がぴんと冷えている。
私は姉と一緒に、隣町の神社へ初詣に来ていた。人混みで境内は賑わっていて、空に立ち昇る香の煙と、甘酒の湯気がゆらゆらと揺れている。
「お参りしたら何か食べよ!」
「何食べる?」
「クレープがいいなぁ」
「分かったわ。クレープね」
姉はあっさり了承してくれて、列に並ぶ私の手を軽く引いて屋台の方へ歩き出す。
「うん! やっぱり元日は混んでるね」
「新年初日だから、仕方ないわよ」
そう言って、姉は財布を出してクレープを二つ、ご馳走してくれた。私はチョコバナナ。姉はバニラクリーム。
「いただきます」
「いただきます」
ふんわり甘い香り。とろけるチョコ。もちもちの生地。冬の寒さを忘れさせるような温かい味に、自然と顔がほころぶ。
「美味しいね」
「クレープなんて久しぶりに食べたよ」
「私も! 中々周りで売られてないからね」
「だから、久しぶりに食べられてよかったよ」
「カナ、クレープだけで足りるの?」
「足りるよ? お姉ちゃんは?」
そう聞くと、姉はふっと笑った。
「なに? どうしたの?」
「ごめん。『お姉ちゃん』って呼んでくれたから、女の子としての自我がちゃんと育ってるんだなって、ちょっと嬉しくなっちゃって」
「あぁ、確かにそうかも」
前に比べると、自然と口調も仕草も穏やかになってきた。胡座をかくこともなくなったし、荒っぽい言葉づかいもいつの間にか消えていた。
「研究の成果が出てるわね」
「研究? お姉ちゃん、研究って何?」
「また今度、話しましょうね」
「……分かった」
それ以上は聞かない。どうせ私が突っ込んでも、姉はにこにこ笑ってはぐらかすだけだ。なら、話してくれるときまで待とう。
「さて、美味しいものも食べたし、夕飯の分の焼きそばでも買って帰ろうか」
「うん!」
私たちは出店で焼きそばを一つ買って、家路についた。
【一月一日・夜】年の初めの、ちいさな約束
夕方。
「カナ! 夕飯の準備、できたよ!」
「ありがとう! 私、お風呂洗うね!」
「いいの?」
「もちろん!」
「……その前に、お風呂ちゃんと洗える?」
「洗えるって! もう子どもじゃないんだからさ」
「わかったわ。じゃあお願いね」
私はスポンジと洗剤を持って浴室へ向かう。鏡を拭き、床をこすりながら、ふと昼間のことを思い出していた。
お姉ちゃんの“研究”。それがなんなのかは分からないけど、私が私らしくなっていくことを、きっと喜んでくれている。それだけは確かだ。
お風呂掃除を終えてから、姉と一緒に買ってきた焼きそばをテーブルに並べる。
「やっぱり、出店の料理は美味しいね」
「そうよね〜。あの雰囲気の中で食べるのが、また格別なのよね」
「うんうん。また食べようね」
「もちろん」
ご飯を食べて、ふたりでテレビを少し観て、私はそのままベッドに潜り込んだ。
「どうする? 今日はもう寝る?」
「寝ようかな」
そうして、私の三が日一日目が静かに幕を下ろした。
***
【一月二日】旅の支度と、ジェラートの午後
翌日。
私は姉と一緒に、関西旅行の準備のためイオンモールに来ていた。歩き疲れた足を休めるように、館内のジェラート屋に立ち寄る。
「何買うの? 姉さん」
カップに入ったストロベリー味をスプーンでつつきながら、私は訊いた。
「キャリーケースかな。カナ、持ってないでしょ?」
「うん……修学旅行のときに買おうと思ってたけど、結局買ってなかったんだよね」
「この際だから、色々買っちゃおう!」
「色々って、何を!?」
「スーツとかカバンとか……まあ、色々よ」
「ちょっと、間空いたよね」
「そう?」
そう言いながら、姉はくすっと笑う。なんとなく、彼女の中ではもういろいろな計画が立っているようだ。
そのあとも私たちは、文具店や雑貨屋を巡り、手帳や旅用の化粧品なども買い足した。
夕方五時。買い物袋を両手に抱えて、帰宅。
「明日は、ゆっくり休もうね」
「うん!」
そして——三が日、三日目。
***
【一月三日】旅立ちの朝、姉と私
ついに、関西旅行の日がやってきた。
準備は万端。キャリーケースにはぎゅうぎゅうに詰めた服と希望が詰まっている。電車のチケットを確認しながら、私は小さく深呼吸をした。
「いよいよ、だね」
「ええ、たくさん思い出、作りましょう」
新しい年、新しい景色、新しい私。
そして、お姉ちゃんと私の旅は——今、始まる。




