大晦日、最後のごちそう
冬の陽がゆっくりと傾きかけている。テレビの音をBGMに、私はソファでゲームに夢中になっていた。
「さて! 昼食の準備するよ」
不意に姉の声がして、現実に引き戻された。振り向くと、エプロン姿の姉が立っていた。
「え、まだ十一時になってないけど?」
「手料理は時間と手間がかかるんだよ。カナも台所来て、手を洗っておいで」
「そっか~。なら仕方ないね」
ゲームを中断して、私は洗面所へ向かう。冷たい水に手をさらしながら、心のどこかでほんのりと期待していた。姉と過ごす大晦日も、もう最後かもしれないのだから。
「昼はカナの好きなハンバーグだよ!」
「やった〜!」
キッチンに戻ると、姉はすでに玉ねぎを炒めながら、ミンチに下味をつけていた。その手つきは慣れたもので、包丁の音が心地よく響いていた。
「姉ちゃんって、なんでも作れるよな」
「当たり前でしょ。小さい頃はお母さんの手伝いとかもしてたんだから」
「そうなの? 全然知らなかった」
「知らないのは、カナが見てなかっただけよ」
「……そっかぁ」
その横顔は、いつもよりちょっと大人びて見えた。
「よし、あとはフライパンで仕上げるだけね」
「できた?」
「もう少しよ」
じゅう、と肉が焼ける音。香ばしい匂いが部屋中に広がる。お腹が鳴るのを我慢して待っていると、やがて姉の声が響いた。
「できたわよ!」
「美味しそう〜!」
我慢できずに手でつまもうとすると、
「箸使いなさい!」
と、即座に注意された。
「いただきます!」
一口頬張れば、肉汁がじゅわっと広がる。ああ、やっぱり姉のハンバーグは最高だ。来年から、これが食べられなくなるのかと思うと、胸が少しだけ締めつけられた。
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした。じゃあ、皿片付けといてくれる?」
「うん! あ、ねえ姉ちゃん、久しぶりにゲームでもしない?」
「ゲーム?」
「スマブラX!」
「いいね。少しは強くなった?」
「当たり前でしょ! 対戦したの、もうずいぶん昔じゃん」
「あれ? 対戦したことあったっけ?」
「なに訳わかんないこと言ってるの!?」
「ちょっと思い出せなかっただけよ」
「ならいいんだけど!」
そんなやり取りを交わしながら、私たちはコントローラーを握り、画面の中でキャラクターを操作した。笑ったり、叫んだり、あっという間に時間は過ぎていく。
「強くなったわね」
「そうでしょ!」
「……そろそろやめるよ」
「えぇ!」
「夕飯の準備しないとだし」
「てか、大晦日なのにオードブルじゃないんだね?」
「オードブルなんて頼んでも、そんなに食べられないでしょ? それに高いのよ」
「いくらするの?」
「四人前で五千円くらいかな」
「意外と高いんだね」
「代わりってわけじゃないけど、この前材料買っておいたから、今日は握り寿司でも作ろうか」
「握り寿司? 食べたことないな」
「きっと美味しいよ」
「……だといいんだけど!」
そして迎えた夕飯。姉と一緒に手を動かして、シャリを握り、ネタを乗せる。自分で作った寿司を一つ口に運んだ。
「いただきます!」
思っていた以上に、ちゃんと寿司だった。
「やっぱり、自分で作ると美味しいね」
「そうでしょ? 料理って、手作りだと美味しいのよね」
「また食べたいな」
「気に入ってもらえて嬉しいな」
大晦日は、あと六時間。年越しそばを食べて、歳が明ければ、私はこの家を離れる。もう、こうして毎日一緒にご飯を食べたり、ゲームしたり、そんな時間は減ってしまうのだろう。
でも、今日という一日は、私の記憶の中でずっと温かく輝いている気がした。




