冬の水族館と思い出
12月29日。
冬晴れの空の下、私は姉の加奈子と2人で水族館へやって来ていた。年末の混雑は予想していたものの、いざ人の波に飲まれるとやっぱり少し疲れる。
「やっぱり年末は混むねぇ」
大きな水槽の前で魚たちを眺めながら、加奈子がぽつりとつぶやいた。
「混むことくらい予想できたでしょ。……それより、どこから見る?」
「えい、とかどう? あの大きなやつ。怖い?」
「えい、いいよね〜。ちょっと怖いけど……」
「ふふっ、かなはまだ子どもね。えいなんて、可愛いじゃない」
「姉さんは平気なの? あんなに大きいのに?」
「私は好きよ? でも、サメとかはちょっと……」
「サメは普通に怖いよ。誰でもそう思うって」
「そうかしら〜?」
そう言って笑う加奈子の横顔は、どこか少女のようで、ふと心が和らいだ。
そんな会話をしていると、近くから妙なやり取りが聞こえてきた。
「お客様、申し訳ありませんが、当水族館ではサメは飼育しておりません」
「なんでだよ! 水族館ならサメいるのが当たり前だろ!」
「大型サメの飼育は非常に難しくて……」
「俺、サメ好きなんだよ! こんなちっこいのじゃ満足できない!」
――ホントにサメ好きっているんだ。
思わず驚きと笑いがこみ上げてくる。世の中、広いなぁ。
「かな! あっち、行ってみようよ!」
加奈子が手を引いてくれた先は、ヒトデなどを触れるふれあいコーナーだった。
「ヒトデって、意外とザラザラしてる……」
「ね? 変な感じだけど、なんか気持ちよくない?」
「うーん、私はちょっと苦手かも」
なんて話しながら、私たちは次々と展示を回った。
イルカショーも見た。混雑して座れなかったから、濡れないように後ろで立って観賞したけど、それでも十分楽しかった。
「今度来たときは、座って見ようね」
加奈子の声が、なんとなく遠く感じた。
(――また来れるかな、姉さんと)
もうすぐ、私は引っ越す。年明けからは母と一緒に暮らすことになる。
母さんが、姉さんとの関係を許してくれるかはまだ分からない。
「イルカショー、面白かったね!」
「姉ちゃんが喜んでくれて良かったよ!」
「うん、ありがとう。……また来ようね」
「……うん!」
この日が最後にならないように――私は強く願った。
その後も、館内をゆっくり見て回り、帰宅したのは16時ごろだった。
「姉ちゃん、そのお土産……そんなに買って、どうするの?」
「四条家の人たちにお礼したくてね。いつもお世話になってるし」
「なるほどね。……私も友達に買えばよかったな」
ちょっとだけ後悔。次は、誰かのためにもお土産を買おうと思った。
「ねぇ、かな。週末に旅行でも行かない?」
「旅行? どこ行くの?」
「大阪とか。2泊3日くらいで、4日から行こうかと思ってるの」
「いいね! 私、お土産買いたい人、たくさんいるんだ」
「そうでしょ? 天ちゃんにも、みうちゃんにも、母さんにも」
「姉ちゃん……お金大丈夫なの?」
「ふふん、私こう見えてけっこう稼いでるのよ?」
「うそー」
「本当よ。だから心配しないで、全力で楽しみましょ?」
「うん!ありがとう、姉ちゃん」
そのとき、姉がふと私のスマホを指さした。
「かな。携帯、鳴ってるよ?」
「ん……あ、みうからだ」
メールの内容は「明日、遊ぼう!」というものだった。
《OK!公園で待ち合わせね》
そう返信してスマホを閉じると、加奈子が少し笑いながら聞いてきた。
「メール?」
「うん。みうが遊びたいって」
「遊ぶのはいいけど、早めに帰ってきなさいよ?」
「はーい」
そのあと、姉は用事があると言って出かけていった。私は明日の準備をして、お風呂に入って、早めに夕食を済ませた。
(明日が楽しみだな)
眠る前、私は明日の予定と、大阪旅行のことを考えていた。
(大丈夫。大丈夫。来年からも、きっと大丈夫)
そう何度も心の中でつぶやきながら、私はようやくまぶたを閉じた。




