別れと、思い出づくり
母さんと再会した翌日の昼頃。
冬の日差しが静かに差し込むリビングで、私は姉の加奈子と向かい合っていた。
「かな、この家を……出ていくの?」
姉の声には、少しだけ震えが混じっていた。
「うん。そのつもり」
ぽつりと、私は答えた。
加奈子は言葉を失ったように、少しだけ目を見開いたあと、ぎゅっと口元を引き結んだ。
「なんで……急に出ていくなんて言うの?」
「ダメなの? 出ていっちゃ」
そう返しながらも、私はその視線から目を逸らしてしまっていた。
もちろん、これは家出じゃない。
ただ、引っ越すだけ。それも、母と一緒に。
「ダメじゃないけど……お姉ちゃんに、なにか至らないところでもあった?」
「そんなことないよ」
私はすぐに首を振る。
「姉さんに非はないよ。ただ……知り合いの人が、 一緒に暮らそうって言ってくれたの。それだけ」
それは、母からの言葉。
理由は分からないけれど、加奈子とは一緒に住めないと言われた。
姉にそのことを正直に話すことは、できなかった。
「そう……そういうことなのね」
表情は笑っている。でも、その目は、少し寂しそうだった。
「まだ、納得できない?」
「……ううん。ちょっとだけね。でも、そこまで話が進んでるなら……ダメとは言えないわ」
加奈子は、ゆっくりと私に向き直って言った。
「……いいわ。出ていっても。でも、ひとつだけ条件」
「なに?」
「――たまには顔、見せに帰ってくること。分かった?」
「うん、分かった」
私は少し声が震えるのを感じながら、それでもしっかりと頷いた。
「じゃあ、もうこんな暗い話はやめにしよ? お腹すいたでしょ、かな」
「うん!」
「今日は一緒に料理しましょっか。こうして2人で過ごせる時間も、残り少ないんだから」
その言葉に、胸の奥が少しだけ痛んだ。
でも――それでも笑顔でいたい。
だから私は元気よく返事をした。
「うん、一緒に作ろ!」
キッチンに並んで立つのは、久しぶりだった。
加奈子と私で決めたメニューは、じゃがいもサラダとチャーハン。
「お姉ちゃん、塩加減どうする?」
「かな、ちょっと味見してみて?」
「うん。……あ、ちょうどいい!」
「じゃあ、これで完成ね」
作り終えた頃には、キッチンはいい香りに包まれていた。
「美味しそう……!」
「冷めないうちに、食べよ!」
テーブルに並んだ料理を見て、二人で顔を見合わせる。
「「いただきます!」」
たったそれだけの時間だったけれど、私の心にはちゃんと刻まれた。
大切な、大切な思い出として。
* * *
「ねぇ、かな。明日は何しようか?」
ご飯を食べ終えて、お茶を飲みながら加奈子が尋ねてきた。
「久しぶりに、2人で出かけない?」
「いいね! どこ行こっか?」
「服買ったり、映画見に行ったり……かな。お姉ちゃんは?」
「私はね……加奈がしたいことでいいよ?」
「え~? それだと、お姉ちゃんが退屈しちゃうでしょ?」
「そんなことないけど……欲を言えば、水族館に行きたいなって思ってた」
「いいね! 行こうよ、水族館!」
「え、いいの〜?」
「もちろん! お姉ちゃんが行きたいんでしょ?」
「……ありがとう、かな。そこまで言ってくれるなら……行きましょう!」
明日が最後の“日常”になるのかもしれない。
だから私は、姉とできる限りの思い出を作りたいと思った。
この冬が、永遠に残るように。




