君を知る日
12月26日。
クリスマスの翌日。
寒空の下、俺は再び――恋の家を訪れていた。
明日、母さんが迎えに来る。
だから、今日が――この町で過ごす最後の自由な日になるかもしれなかった。
「恋、手紙ありがとう」
玄関の前。
顔を合わせてすぐ、俺はまっすぐそう言った。
「……読んでくれたんだね」
恋は、昨日と変わらないように見える。
だけど、よく見ればその瞳の奥に、ほんの少し寂しげな色が混じっている気がした。
「読ませてもらった。本来なら、俺が告白する立場なんだろうけど――」
俺はふっと視線を逸らしながら言葉を続ける。
「……正直、恋のこと、ほとんど知らないんだ。そんな状態で軽々しく答えは出せない」
俺が一人称を「俺」に戻しているのは、体が男に戻ったからじゃない。
もう隠す意味がないと、恋には正体がバレているからだ。
「私のこと、知りたいってこと……? でも、年内には引っ越しちゃうんだよね?」
「母さんと話してみようと思ってる。……受け入れてもらえるかは分かんないけどさ」
俺の言葉に、恋の表情がふっと明るくなる。
その瞬間を見逃さなかった。
「とりあえず、あがって。寒いでしょ? いつまでも玄関で立ち話ってわけにはいかないし」
「ありがとう」
案内されてリビングへ入る。
昨日も見たはずなのに、恋の部屋はやっぱり綺麗で、どこか落ち着く空間だった。
「いつ見ても、恋の部屋は綺麗だな」
「昨日来たばっかりじゃない!」
「それに……クリスマスプレゼント、ありがとう」
そう言うと、恋は少し意外そうにこちらを見る。
「他には、誰かからもらったの?」
「……姉さんくらいだよ」
「そっか……良かった」
「良かった?」
「っ……な、なんでもないっ。気にしないで」
頬を赤らめて視線を逸らす恋。
その様子が、何だか可愛らしくて、つい笑ってしまいそうになる。
「とにかく、今のは忘れて!」
その時だった。
階下から玄関の開く音と、誰かの足音が聞こえてきた。
「……お母さん、帰ってきちゃった」
小さくそう呟いた恋は、慌てて部屋を出て行った。
代わりに姿を現したのは、上品そうな女性――恋のお母さんだった。
「いつも娘がお世話になってます。恋の母の愛子です」
深々と頭を下げられて、俺も思わず背筋を正す。
「こちらこそ、いつも遊んでもらってありがたいです。……星宮叶汰と申します」
「素敵なお名前ですね」
笑顔を浮かべる愛子さん。
しばらくして、お菓子を持ってくると言ってリビングを後にした。
「ごめんね、まさかママが帰ってくるなんて……」
「大丈夫だよ。恋の家で遊んでるんだから、家族と会うのは当然だし」
そう言って微笑むと、恋はどこかほっとした顔を見せた。
やがて戻ってきた愛子さんが、お盆に乗せたお菓子を運んでくる。
「ありがとうございます。いただきます」
礼を言って手を伸ばすと、ふと、誰かの視線を感じる。
視線の先にいたのは――愛子さん。
こちらをじっと観察するように見ていた。
「もう、ママったら! そんなに見ないでよ。食べづらいでしょ!」
「ふふ、ごめんなさい。ゆっくりしていってね」
そう言って、満足げに笑いながらまた階下へと戻っていった。
「恋のお母さんって、すごくいい人だね」
「そ、そうかな? ……あれくらい普通じゃない?」
そう言われても――俺には普通の母親というものが、よく分からなかった。
物心つく前に離れた母との記憶なんて、ほとんど残っていない。
それでも、こうして笑い合える家族の姿が少しだけ眩しく感じた。
楽しい時間は、あっという間に過ぎる。
「今日はありがとう。すごく楽しかった」
玄関まで見送ってくれる恋に、そう伝える。
「また、連絡してくれる……?」
「もちろん。……たぶん、明日には引っ越すかどうか決まると思うから」
「……うん。待ってる」
冬の風が吹き抜ける中、俺は手を振って歩き出した。
この町で過ごす最後の日になるかもしれない――
でも、今日という日は、きっと忘れない。




