クリスマスと、君の名前
「お邪魔します」
玄関をくぐると、ふわりと甘い香りが漂ってきた。私は今、山岡恋の家に招かれている。クリスマスの夜、初めての訪問だ。
「好きなところに座ってね」
そう言って、恋はキッチンの方へと姿を消した。
(……どこに座ればいいんだろう)
悩んでいると、すぐに恋がグラスを持って戻ってきた。
「まだ座ってなかったの?」
「……女子の部屋に来たことなくてさ」
思わず口をついて出た本音。恋が驚いたように目を見開く。
「女子の部屋に入るの、初めてなの?」
「うん」
「まるで男子みたいね」
「そうかな?」
なんとかはぐらかす。けれど、恋はくすっと笑って、
「冗談よ」
とだけ言って、ソファに座った。
「……それより、最近学校に来てない人がいるのよね」
恋がふいに話題を変える。
「そんな人いたっけ? みんな来てるような……」
「かなが転校してくる前に、星宮叶汰っていう男子生徒がいたの」
「へ、へぇ……そうなんだ」
背筋に冷たいものが走る。けれど、平然を装って返す。
「偶然かしら、かなと叶汰。苗字、同じよね?」
「偶然だと思うけどな……」
「星宮なんて珍しい苗字だし」
……確かに、家族以外で同じ姓に会ったことはなかった。
「それで、叶汰は今どこにいると思う?」
「私に聞かれても困るな……」
「本当に心当たりない?」
「……悪いけど、ないかな」
「そっか……」
しばらく沈黙が落ちる。
「……なんで恋は叶汰のことを探してるの?」
「私、叶汰のことが好きなんだよね」
「……へぇ」
それ以上、なんて返していいのか分からなかった。
「……なに? その反応」
「いや、別に……」
「今、ちょっと嬉しいなって思ったでしょ?」
「なんで私が……」
「そろそろ正直になったら?」
「どういう意味……?」
今日の恋は、いつになく鋭い。何かに気づいている――そんな雰囲気が漂っている。
「ネタは上がってるのよ?」
「ネタって?」
「叶汰がいなくなった時期と、かなが来た時期。入れ替わってるってこと」
「それは……」
もう、隠し通せないかもしれない――そう思ったそのとき。スマホが振動した。
知らない番号からの着信だった。
「……もしもし?」
『叶汰ちゃん?』
「どちら様ですか?」
『あなたの母よ』
「……母さん!? 生きてたの!?」
驚きで思わず声が大きくなった。横で恋がびくっと肩を揺らす。
「どうなさいました?」
『女の子の声……?』
「母さん、今……友達の家にいるんだ」
『そう……なら安心だわ』
「それで、どうして急に連絡を?」
『ようやく、あなたを迎える準備ができたの』
「迎える準備……?」
『今度の休みに迎えに行くわ』
「そんな急に……」
『ごめんなさいね。でも加奈子には言わないで』
「え……なんで?」
『加奈子とあなたは、姉弟じゃないからよ』
「な、何言ってるの……俺たちは姉弟じゃ……」
『違うのよ。今度詳しく話すわ。じゃあ、支度しておいてね』
通話が切れた。スマホを見つめたまま、言葉が出ない。
「……あなた、やっぱり叶汰だったのね」
顔を上げると、恋がじっとこちらを見ていた。
「あ……」
完全に忘れていた。隣に恋がいることを。
「会話、聞こえたよね?」
「うん」
「じゃあ……認めるしかないか」
「……認めるのね?」
私はうなずいた。
「あぁ、私は“かな”じゃない。薬で性別が反転した――星宮叶汰だ」
「……やっぱり、そうだったんだ」
「バレたのは……君が初めてだよ」
「……そっか」
「これからよろしく、って言いたいところだけど――引っ越すことになった。多分、退学も」
「……そんな」
恋の目が一瞬で曇る。
「……ごめんね」
「……じゃあ、今日は楽しまなきゃ損だね」
「……うん、そうだね」
それから二人でテレビを見たり、他愛ない話をしたり。ほんの数時間だったけど、心があたたかくなる時間だった。
「……あ、もうこんな時間。そろそろ帰らないと」
「もう帰るの?」
「うん。遅くなると姉さんが心配するから」
「そっか。……また学校でね」
「うん。あと……私が叶汰ってことは、内緒でお願い」
「分かってる。2人だけの秘密にする」
玄関で靴を履いていたとき、恋がふと手渡してきた。
「これ、受け取ってください」
「え?」
「クリスマスプレゼントです。家に帰ってから開けてください」
「ありがとう。お返しは……また遊んでくれることかな」
「もちろんです!」
玄関を出ると、恋の家の人が車で送ってくれた。あたたかい心遣いが、なんだか胸に染みた。
***
「ただいま、姉さん」
「おかえり、かな。楽しかった?」
「うん、すっごく」
「良かったわね」
夕食を済ませ、お風呂から上がると、私は姉にプレゼントを渡した。
「これ、クリスマスプレゼントだよ」
「ありがとう!」
中には、手編みのマフラー。
「私からもあるのよ」
姉がくれた赤い袋には、ふわふわの手袋が入っていた。
「……あったかそう。ありがとう、姉さん」
「おやすみ、かな」
「おやすみなさい」
部屋に戻って、ふと思い出す。
「そうだ、恋からもらったやつ……」
包みを開けると、そこには小さな手紙が入っていた。
***
叶汰へ
私は叶汰のことが、好き。
だけど今日、叶汰から「引っ越すかも」って聞いて、すごく不安になった。
できることなら、ずっと一緒にいたい。
本当に、引っ越しするしかないの?
***
「……私も、できるなら引っ越したくないよ」
ぽつりと、誰にも聞かれない声でそう呟く。
そして、私は電気を消し、そっと毛布にくるまった。
こうして、秘密と、少しの恋を抱えた私のクリスマスは、静かに終わりを告げた。




