手紙の宛名は「詩七乃」
「おはようございます」
目覚ましが鳴るより早く目を覚ました私は、軽く身支度を整え、リビングへと足を運んだ。四宮家の朝は、静かで落ち着いている。
「おはよう、叶ちゃん!」
朝の日差しが差し込むダイニングで、天のママが笑顔で出迎えてくれた。白いエプロン姿がとても似合っていて、まるでドラマの中の理想的な母親のようだ。
「おはようございます」
軽く会釈をすると、ママはふふっと笑った。
「天も叶ちゃんを見習って、早起きしてくれるといいんだけどねぇ」
「天さんは、起きるのが遅い方なんですか?」
天とは小学校も中学校も別だった私は、そのあたりの事情をよく知らない。
「そうねぇ。中学まではそれなりにちゃんとしてたのに、高校に入ってからはもう――油断したのかしらね」
「そうなんですね……」
なんだか天らしいというか、少しだけ安心した。
同級生とはいえ、やっぱり私はこの家では“お客様”で――どこか遠慮していたから。
「そうそう、叶ちゃん宛にお手紙が届いてたわよ」
「……え? 私にですか?」
思わず聞き返してしまった。
だって、今の私に手紙をくれるような人なんて、誰もいないはずだから。
「えっと……名前は……『詩七乃』さん? って読むのかしら」
「詩七乃……?」
聞き覚えのない名前だった。差出人欄を見ても、全く見当がつかない。
「知り合い?」
「いえ、まったく……こんな人、知りません」
ママと顔を見合わせる。
「でも変ね。どうして叶ちゃんがここに住んでること、知ってるのかしら?」
「……確かに、それはおかしいですね」
私がこの家に住み始めたのは、ほんの昨日のこと。知っているのは、四条家と四宮家の家族だけ。
外部に漏れるはずがない。
「詩七乃って、何者だ……?」
胸の奥に、不安がひやりと広がった。
姉が行方不明になってから、もうすぐ一ヶ月が経つ。もし――この手紙が姉からだとしたら、なぜ名前を変える必要がある?
それとも誰かに頼まれて……?
考えても仕方ない。私は意を決して、手紙の封を開いた。
***
『叶太へ
元気にしていますか?
私は元気です!
しばらく帰れずにごめんなさい。今度時間が出来たら会いに行こうと思っています。
いずれ会いましょう。世間話はその時に。』
***
「……姉さん?」
言葉の調子が、どこか加奈子姉さんに似ていた。
けれど、差出人の名前はやはり「詩七乃」。
まるで何かを隠しているかのように、肝心なことが書かれていない。けれど、私に宛てた手紙であることは間違いない。
胸の奥がざわめく。
「おはよう! ママ! かなも!」
突然、元気な声がリビングに響いた。天がパジャマ姿のまま顔を出した。
「おはよう」
私は慌てて手紙をテーブルの隅に置いた。
「おはよう、天」
「叶、それ誰からの手紙? ……もしかして、ラブレター?」
ニヤリと笑う天。まるで小悪魔みたいな顔をしている。
「ラブレターなんかじゃないよ!」
キッパリ否定する私に、天が残念そうに肩を落とした。
「なんだぁ、叶の彼氏が拝めるかもって期待しちゃったのに」
「私は彼氏なんて探してないの。それより天は? いい人、いないの?」
「えっ、ちょ、ちょっと何よいきなり!」
天が狼狽えると、ママが面白そうに口を挟んできた。
「あら、それは私も気になるわね。いないの? 本当に?」
「も、もう! ママまで! そんな相手いないってば!」
「それは残念ね~」
「うぅ……それよりお腹空いた~!」
話を強引に変えて、天はキッチンの方へ顔を向けた。
「今、用意するから顔洗ってきなさい!」
「はーい!」
パタパタと走って洗面所へ消えていく天。
「叶ちゃん、ごはん出来たわよ」
「はい、いただきます!」
席につき、温かいご飯とお味噌汁を前にして手を合わせる。
「いつもありがとうございます。本当に、美味しいです」
「喜んでもらえて嬉しいわ。たくさん食べてね」
「いただきます!」
「……あれ? 今日、日直じゃなかった?」
唐突にママが聞いてくる。
「え? なんで知ってるんですか?」
「叶ちゃんに聞いたの」
「叶ったら~! 今日は遅めに行こうと思ってたのに!」
「用事がある時は早めに行ったほうがいいわよ」
「それも……そうですね」
ご飯をかきこみ、私たちは準備を整える。
「行ってきます!」
天と私は、並んで四宮家を出発した。
けれど私の手の中には、まだ重みの残る一通の手紙があった。
“詩七乃”――あなたは、いったい誰なの?




