四宮家の扉を叩く
「まさか、こんなに早く話しかけてもらえるとは思ってなかったよ」
放課後、人気の少なくなった中庭で私は四宮天と向かい合っていた。昨夜、弦水さんに「四宮家なら協力してくれるはずだ」と言われた私は、天を呼び出していた。
「それで、話って何?」
天は不思議そうな顔で首をかしげる。冷静でどこか理知的なその目は、いつもながら人の嘘を見透かしそうで少し怖い。
「……結論から言うと、あなたの家に住まわせてもらえないかしら?」
「ごめん、ちょっと何言ってるか分からないわ」
当然の反応だった。だけど、私は引き下がらない。
「ごめん、つまり――同棲してください」
「言い方の問題じゃないのよ、それ」
あきれたように額を押さえる天。そりゃそうだ。
「どうして私の家に住みたいの?あなた、家あるでしょ?」
「それは……」
私は小さく息を吐き、姉の失踪と、家に住めなくなった事情をかいつまんで話した。天は黙って聞いていたが、最後まで真剣な顔を崩さなかった。
「それは……残念だったわね。でも、なんで四宮なの?友達なら他にいるでしょ?」
「弦水さんに言われたのよ。四条なら協力してくれるってね」
その瞬間、天の表情がぴたりと止まった。
「……あなた、今なんて言った?」
「え? 四宮なら協力してくれるって?」
「違う!その前!」
「弦水さんに言われたこと?」
「なんであなたが……『四王グループ』のNo.2の名前を知ってるのよ!?」
天の声が鋭くなり、私は思わず首をすくめた。
「弦水さんって、そんなに偉かったの?」
「……あなた、まさか知らないで会ってたの?」
「うん、普通にタメ口でいいって言われたし……」
「ありえない……」
天は頭を抱え、しばらく沈黙した後、私をじっと見つめた。
「ねぇ、叶。四王グループってなにか知ってる?」
「えっと……美味しいの?」
「食べ物じゃないわよ! 四王グループっていうのは、日本を動かしてるような四大財閥の総称なの。政界、財界、学界、すべてに深く根を張ってるわ」
「なるほど……」
意外とわかりやすい説明だった。
「つまり、四宮もその一つ……?」
「違うわ。私たち四宮家は、四条の分家よ」
「……だから本家の当主を名前呼びしてた私を見て、驚いてたのね」
「そうよ。常識的にありえないのよ、それ……」
天はため息をついたが、すぐに話を戻した。
「それで……さっきの件だけど、今すぐ答えを出すのは難しいわ。少し時間をもらえる?」
「うん! もちろんだよ!」
「ありがとう」
そう言って天が微笑んだそのとき、部屋の扉がノックされ、両親らしき人物が入ってきた。
「あなたが……星宮さん?」
「はい。星宮叶と申します。いつも娘さんにはお世話になっております」
自然と背筋が伸び、深く一礼していた。母親らしき女性は目を見開き、感心したように声をあげた。
「まぁ! なんて礼儀正しい子なのかしら」
「いえいえ。両親に昔から教育されてましたので……」
そう答えながら、ふと心の中にひっかかりが生まれる。
――あの家の両親が、そんな教育をするわけがない。
加奈子姉さんを見れば分かる。家の中は、いつも騒がしくて、礼儀なんてあってないようなものだった。
なのに、私はなぜ……こんなに自然に、丁寧に頭を下げている?
「どうしたの?叶」
「ううん、なんでもないよ」
その違和感を、言葉にはできなかった。
もしかしたら、あの家と私は――本当は何の繋がりもないのかもしれない。
「今夜は何しに来たの?叶ちゃん」
天の父親が穏やかに尋ねてくる。
「内容は娘さんにお伝えしましたので」
そう言うと、両親はちらりと天を見て、後で話すように合図した。
「それでは、夜も遅くなってきたので……失礼します」
「また来てね!」
四宮家の人々は、最後まであたたかく私を見送ってくれた。
私は何度も頭を下げながら、ふと心の奥で思っていた。
――ここが、私の“帰る場所”になるかもしれない。




