姉の手紙
四条家を出て、自宅へ戻った私は、静まり返った部屋の中で一人、姉さんの私物を片付けていた。
棚の中、机の引き出し、クローゼット。どこを開けても出てくるのは、研究に関する資料ばかりだ。分厚いファイル、乱雑に綴じられたメモ帳、専門用語が並ぶノートの束。
「ほとんど、研究のデータに関するものばかりだな……」
一冊、また一冊と整理していくうちに、ふと手が止まった。
それは他の資料とは異なる、淡い水色の封筒だった。机の奥、書類の間にそっと挟まれていたそれを手に取る。宛名は、私の名前だった。
『親愛なる弟、叶太へ』
綺麗な文字が封筒の中からあふれ出すように目に飛び込んできた。
手紙を開き、震える指で読み進める。
『いつも話しかけてくれてありがとう。この手紙を読んでいるということは、もう私はこの家からいなくなっている頃ですね。』
最初の一文で、胸の奥に冷たい石が落ちたような気がした。
『叶ちゃんにはこれから、とても辛い思いをさせてしまうかもしれません。私がいなくなったあと、四条と名乗る人物と接触するかもしれませんが、彼の話に耳を傾けないでください。彼があなたに優しさを向けるのは、研究記録が目当てだからです。』
読み進めるごとに、姉の言葉が胸に突き刺さっていく。
『もし困った時は四宮家を訪ねてください。力になってくれるはずです。』
四宮家──聞き覚えのある名前だった。確か、姉さんが大学時代に所属していた研究チームの名前にその姓があったような気がする。
『またいつか、叶ちゃんに会えることを楽しみにしています。
星宮加奈子』
手紙の最後の行に差しかかったとき、私の視界は滲んでいた。
こみ上げる涙を必死に堪えようとしたが、もう無理だった。
「また会おうね、お姉ちゃん……」
静かな部屋の中に、しゃくり上げる声が響いた。
私はその場に膝をつき、手紙を胸に抱きしめた。
それは、遺言のようであり、でもどこかに希望が込められているような──
そんな姉の「最後の言葉」だった。




