転校生は、元・男子
「みんな、静かに! 今日は転校生を紹介するぞ!」
担任の春島先生の声が教室に響いたその瞬間、クラスはザワつき始めた。
「え、今さら転校生?もう夏も近いのに」
「可愛い子かな〜」
「いや、イケメンでしょ」
「……いやいや、ガリ勉タイプのムッツリ君とかだったらどうする?」
くだらない冗談や期待が飛び交う中、先生はピシャリと手を打った。
「こらっ、静かにしなさい!」
その声に空気が一瞬だけピンと張り詰めた。
すると、教室のドアがコン、コンとノックされる音が聞こえた。
「おっ、来たな。入っていいぞ!」
「失礼します」
そう言って教室に入ってきたのは、紛れもなく「女の子」だった。
長めの前髪に、控えめな微笑み。制服に身を包んだその姿は、目を引くには十分だった。
「可愛いな……」
「……天使かよ」
教室が、まるで時が止まったように静まり返った。次の瞬間には、さっきまでの興奮が爆発したようにざわざわと騒がしくなる。
「静かにしろ! 転校生が困ってるだろ!」
「す、すみません……」
先生の注意が飛ぶと同時に、私は深呼吸をして一歩前に出た。
「それじゃ、自己紹介を頼む。星宮」
「はい。私は、星宮カナ。よろしくお願いします」
ほんの一瞬の間のあと、教室にあたたかな拍手と声が響いた。
「よろしく〜!」
「カナちゃんって呼んでいい?」
「こっちこそよろしくね!」
「ありがとう……こちらこそよろしくお願いします」
表面上は笑って返したけど、内心ではドキドキが止まらない。
まさか、昨日まで「男」だった自分が、こうして“女子の転校生”として教室に立っているなんて、誰が信じるだろうか。
「星宮、席は一番後ろの窓際な」
「はい、分かりました」
案内された席に腰を下ろすと、ようやく心が少しだけ落ち着いた。
「それじゃ、ホームルームを始めるぞ。日直、号令!」
「はい! 起立、礼!」
「今日も一日、よろしくな」
「はい、よろしくお願いします!」
——こうして、私の新しい日常が、静かに動き出した。
⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
放課後
授業が終わると同時に、クラスの数人が私の机の周りに集まってきた。
「ねぇ星宮さん!このあと、遊びに行かない?」
「遊び、ですか?」
「うん! カラオケ行こうよ!」
「いいじゃんいいじゃん、人数多いほうが楽しいし!」
「じゃあ、行こうかな……」
「やった〜!」
女子に混じって男子も数人いたけど、皆、私のことを“女の子”として接してくれているのが分かった。
戸惑いもあるけど、どこかホッとしている自分もいた。
⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
カラオケ店にて
「星宮さん、歌うまいじゃん!」
「そんなことないよ……!」
「もう〜! 同級生なんだしタメ口でいいって!」
「そうそう、その方が話しやすいし!」
「……みんながそう言うなら、そうする……ね?」
「おー、やっとカナが馴染んできた!」
「じゃあ、次はデュエットな!」
楽しげな雰囲気の中、私は思わず笑っていた。
つい昨日まで“男の子”だったことを、こんなにも早く忘れそうになる自分が、少し怖くて、でも——ちょっとだけ嬉しかった。
「そういえば、みんな普段はどこで遊んでるの?」
私がそう聞くと、男子の一人が元気に答えた。
「ドンクだよ、ドンク!」
「ドンク?」
「マジで知らねーのか!? ゲーセンとかあって、ゲームも売ってるし、服も下着も日用品もなんでも揃ってるんだぜ!」
「へぇ、便利そうね」
「今度案内してやるよ、男子の視点からな!」
「えー、それはちょっと……できれば女子と行きたいかな」
「そりゃ、そうか〜〜!」
肩を落とす男子たち。思わず吹き出しそうになった。
「でも、今日みたいにみんなでワイワイ行くの、楽しいね。ねえ、今週末、みんなでそのドンクに行かない?」
「賛成ー!」
「わたしも行く!」
「オレもオレも!」
こうして、いつの間にか“普通の女の子”として馴染み始めていた私。
新しい生活は、まだ始まったばかり。
けれど、心の中には確かな期待が、芽吹いていた。