春は始まりと、知らない誰かの訪問と
県立東堂学院。
それが、私――星宮叶が今日から通うことになった高校の名前だ。
「かな! 起きなさい。今日は入学式でしょ!」
朝の空気を破るような姉さんの声。
慌てて布団を跳ねのけながら返事をする。
「はーい!」
「もう高校生になるんだから、自分で起きてほしいな」
「……次からは、頑張るね」
姉さんは呆れたように息をついたが、すぐに小さく笑って、「みうちゃんと待ち合わせしてるんでしょ?」と聞いた。
「うん!」
「待たせたら悪いでしょ。早く行きなさい!」
「行ってきます!」
私は制服のスカートをなびかせながら玄関を飛び出した。
今日から私は高校生。――ちゃんと、楽しもう。
* * *
歩いて10分ほどの場所にある公園に、みうの姿があった。
「叶! おはよう!」
「待ち合わせ場所、もう少し先じゃなかった?」
「うん。でも、今日は散歩したくなって。ごめんね」
「全然大丈夫。むしろ会えてうれしい!」
二人並んで歩く道。通い慣れた中学とは違う制服、少し緊張気味の胸。だけど、みうと一緒なら不思議と心が落ち着く。
校門をくぐると、先生たちが新入生を式場へと誘導していた。
玄関近くで、20代くらいの若い女性教師に声をかけられる。
「入学おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
まっすぐ進むように指示され、その先の体育館へと向かった。
受付を済ませ、荷物を所定の場所に置き、私はスマホで姉さんに「学校に着いた」とメッセージを送った。
やがて式が始まる。
「新入生入場!」
整列して体育館へ入場。
壇上には校長先生、生徒会長、教頭先生……。
式典は粛々と進み、簡素ながらも温かみのある言葉が交わされた。
(いよいよ高校生活が始まるんだなぁ)
期待と不安が入り混じる中、式は閉式し、担任の先生に連れられて教室へ。
「担任の四葉桜と申します。今日から皆さんは高校生です。高校生らしい行動を心がけてくださいね」
「はい!」
「明日は席替えや教材配布をします。本格的な授業は来週の月曜からです。今日はこれで解散します」
「はい!」
帰り支度をしていると――
「もう!叶ったら先に行って」
「ごめん、みう!」
「一緒に帰ろ」
「うん!」
一緒に並んで歩く帰り道は、どこか懐かしくて心地よかった。
「明日は金曜日だから、頑張れば週末ね」
「それに午前中だけっていうのも嬉しい!」
笑い合いながら、私は家の前でみうに手を振った。
「また明日ね」
「うん、また明日!」
* * *
「ただいま」
鍵を開けて玄関に入る。リビングの明かりはついていない。
(姉さん、まだ帰ってきてないか)
炊飯器のご飯をよそい、簡単におかずをつけて一人の夕食。
静かな時間は嫌いじゃないけど、少しだけ心細さを感じた。
「……お風呂でも入ろうかな」
そう思った矢先――
ピンポーン!
インターホンの音が鳴る。時計を見ると、19時過ぎ。
「みうかな?」
姉さんなら鍵を持ってるし、インターホンは鳴らさないはず。
再びピンポーン!と鳴る音に、慌てて玄関へ向かい扉を開けた。
「はい……!?」
そこにいたのは、見知らぬ男だった。
30代後半ほどだろうか。スーツ姿のその男は、やや緊張した面持ちで口を開いた。
「あの、ここは……星宮かなこさんのお宅でしょうか?」
「はい。かなこは私の姉ですが……何か?」
「かなこさんはいらっしゃいますか?」
「いえ、まだ帰ってきていないんです。普段ならもう帰っている時間なんですが……」
「そうですか」
男の口調は丁寧だが、どこか探るような鋭さがあった。
「……あの、玄関先ではなんですし、よかったら中に」
「それではお言葉に甘えさせていただきます」
私は少し迷いながらも、その男をリビングへ案内した。
テーブル越しに向かい合い、男は静かに口を開いた。
「突然の訪問、申し訳ありません。私は――“かなこさんの元同僚”です。ある件で、どうしても彼女に伝えなければならないことがありまして」
「……そうですか」
「星宮叶さん、ですよね?」
「はい」
「あなたに関わる話でもあります。あなたと……ご両親についての」
空気が一瞬、凍ったように静まりかえった。
私と、家族。
この男は、いったい何を知っているんだろう。
私は、言葉を失ったまま男の目を見つめていた。
──続く。




